Photo by iStock
週刊現代

大沢在昌が『覆面作家』で描いた「作家のリアルな日常」をのぞく

あくまでフィクションですが…(笑)

作家の頭の中を垣間見た

―『覆面作家』は小説家の“私”が一人称視点で語るミステリー短編集です。本の帯には「これはリアルそのもの」とあります。

ミステリー作家の主人公は、見栄っ張りの女好きで、夜の巷をいつもウロウロしている。カッコ悪いところ、モテないところも含めて、実際の私自身、私の生活そのままです(笑)。エピソードや事件はもちろんフィクションだけれど、他の部分が生々しいから、全体的に妙なリアリティを出せたと思います。

―それぞれに趣向を凝らした短編を読んでいくと、創作のヒントや豊富なアイデアがちりばめられていて、作家の頭の中を垣間見ているようです。

「新宿鮫」シリーズを書いていて、いままでのミステリーには出てこない「新しい犯罪」を書きたいと、そればかり朝から晩まで考えていた時期がありました。

事件のアイデアはいくつも思いつくのだけれど、中にはアイデア倒れのもの、主人公のキャラクターが作りにくいものがある。そういう時、小説家を主人公にすると立場の制限がなくなり、丸ごと書けてしまうメリットがあります。

とはいえ、こういうものは、ある種の「楽屋ネタ」ですから、なるべく書かないようにしていました。でも「たまにはこういうのもいいかな」と思い直して、今回一冊にしました。長編にできるようなネタも盛り込んでありますから、読んでもらって損はさせません。

―つまり、ご自身を投影した「モデル小説」。そんな8本のうち、お気に入りはありますか?

一番思い入れがあるのは、5つ目のエピソード「イパネマの娘」です。主人公がまだ新人作家だったころ、先輩作家のサイン会で出会ったある美女について回想する話ですが、これは編集者から「若い頃の恋愛話を」と何度も頼まれて書いた短編です。

ようやくデビューできて、胸が期待でパンパンになっているのに、世の中からは相手にされない―。主人公が感じているもどかしさは、若い頃の私自身の実体験が投影されています。書いていて気恥ずかしさもあったけれど、若さゆえの未熟さや傲慢さが見え隠れする話にまとめました。

もうひとつ、4つ目の「村」の舞台設定も気に入っています。主人公の友人が日本海側にある過疎の村を訪れるのですが、ここはいわゆる「圏外」で、携帯が一切使えない。わからないことがあっても、手元のスマホで検索すればものの数秒で何でもわかってしまう時代に、「隠された村」が日本のどこかに存在しているという設定は、ロマンを感じてもらえると思います。

何でもアリの「非現実」の世界

―各短編は、友人や酒場の出会いから事件につながっていきます。現実にも、こんな事件性のあるネタが作家には近寄ってくるものなのですか?

この作品に限らず、いろんなところで聞かれるので声を大にして言っておきますが、私の書く小説はあくまでフィクションです(笑)。もちろん、「自分の人生は小説みたいだから書いて欲しい」と近づいて来る人はいます。でも、そうした話は意外と小説にはならないものです。

小説は何でもアリの「非現実」の世界。どんなに凄まじい実人生でも、小説の世界となると、月並みな人生に読めてしまう。

これは事件も同じことです。現実の事件はものの弾みや人間の衝動といった要素が大きく作用しますが、小説の場合はそうはいかない。綿密に構成を組み立て、一枚ずつ膜がめくれるように徐々に真相が明らかになっていかなければ、読者に楽しんでもらえません。