メディア・マスコミ web 中国

ザッカーバーグも「朝貢」した中国ネット皇帝の失脚劇

習近平の逆鱗に触れた
古畑 康雄 プロフィール

魯失脚が発表された翌22日、規律委は「19回党大会後の初の老虎(汚職官僚)はなぜ魯煒なのか」という文章を発表した。

この中で規律委査察チームが「(網信弁は)習近平総書記の重要な指示や業務への要求をしっかりと、タイムリーに行っておらず、政治的安全の維持に力足らずであり、自らの取り巻きで固めている」などの問題があるとした。

網信弁も同日、魯が「党性原則(共産党員としての自覚)に反し、当中央の指導幹部に対する規律原則に背き、網信弁の政治生態を汚染し、網信弁と幹部のイメージを損ない、党のネット事業の健全な発展に害を与えた、典型的な両面人(表裏のある人間)だ」と厳しく断罪。幹部全員に魯と「一線を画す」よう求めた。

 

「慶父不除、魯難未已」

魯の失脚に対し、ネット言論統制に不満を抱き続けてきた言論人は快哉を叫んだ。自由派論客の栄剣は「この魯煒というネットの屠殺人は、少なくとも私の十数の(微博)アカウントを取り消した。悪事をやり尽くし許しがたい。彼が牢獄に繋がれるのを願っている」とツイート。

「チャイナ・デジタル・タイムズ」によればこの他にも「あまりにも多くの書き込みの削除、発言禁止、アカウント取り消しをやった因果応報だ。一時は栄華を極めたが、明日は秦城(北京市郊外の監獄)へと入る身だ」といったコメントもあった。

だが魯の退場は、中国のネット規制の変化を意味するものではないと冷静な声もある。

「魯煒というネットの凶悪な犬は、取り調べを受けた。だがこれは権力闘争の結果であり、ネットの自由とは無関係だ。魯は多くの悪事をし、死んでも惜しくはない。だがネットはすでに愚民化のツールとなり、千年の明君(習近平)が(世論を)押さえ込む陣地となった。魯の失脚は、犬を替えたにすぎず、ネット市民が反抗した結果ではない。何も喜ぶべきことはない」、

「魯煒に問題が起きたのは良いことだ。この種の人民の言論の自由を侵害した盗賊が倒れるのは気分が良いことだ。だが新任者はどうだろうか。結局は同じ穴のムジナだろう」

といったコメントがツイッターなどで流れた。

魯の政治的遺産でもある「世界ネット会議」は、間もなく今年も12月に開かれる。先日も交流アプリ、スカイプが「安全問題」を理由に中国国内で使用禁止になるなど、中国の推し進める「ネット主権」という名の下の巨大な壁の構築は今後も緩むことはなく、中国のネットは「巨大なLAN」化への道をますます進むだろう。

魯の失脚を受けてネットに発表され、直ちに削除された一文はこうつづっている。「中国のネットに対する彼の定義はいまだもって中国での記者会見では標準的な答案だ。『我々は各国のネット企業に対し歓迎し開放する態度を取っている。だが我々はこれらネット企業が中国の関連する法律を守ることを要求する』」

この文章には次のような記述もある。「彼の最大の過ちは、皇帝のお恵みの心がいつまでも続くと思ったことだ。そしてこの上から与えられた恩恵を自分の力にしようとして急ぎすぎたことだ。」

中国に「慶父不死、魯難未已」という故事熟語がある。春秋戦国時代の暴君、慶父を殺さなければ、魯の国の困難は終わらない、という話から「元凶を除かねば難はなくならない」という意味で使われるが、今回ネットでは「慶父不除、魯難未已」という言葉が出現したという。

筆者の解釈では「慶父」とはおそらくは「慶豊」という北京の中華まんじゅうの店で食事をした習近平に対する暗喩であり、「魯難」とは言うまでもなく「魯煒が進めたインターネットの災難」、つまり習近平がいなくならない限り、ネットへの弾圧は今後も続く、ということだろう。習近平の「ネット強国の夢」は魯の退場とともに終わったわけではない。