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ザッカーバーグも「朝貢」した中国ネット皇帝の失脚劇

習近平の逆鱗に触れた
古畑 康雄 プロフィール

フェイスブックをはじめ、グーグル、ツイッターなど、海外では主流のウェブサービスや、ニューヨーク・タイムズやBBCなどの欧米メディアを排除する強引なネット管理政策に対し、国内外、特に欧米のメディアからは強い批判が起きた。だが魯は2014年の会見で、詭弁とも言える次のような表現で、方針を変えるつもりはないと言い放ったのである。

「(フェイスブックに中国からアクセスできないとの批判に)我々はいかなるサイトも閉鎖したことはない。あなたのサイトはあなたの家にあるのに、どうやって我々があなたの家まで行って閉鎖できるだろうか?」

「中国は元来、お客をもてなすのが好きだ。だが誰が我々の家にお客としてくるのかは、我々が選ばせてもらう。私が言えるのは次の二言だ、我々はあなたを変えることはできない。だが我々も友人を選ぶ権利がある。私は中国に来る人がみな友人であり、そして真の友人であることを望んでいる」

共産党内部からの不満の声

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのあった彼だが、その頃から過信し、策に溺れるようになったようだ。在米の華字サイト「博聞社」の記事によると、魯が勢いに乗っていた時期から、そのやり方に共産党内部からも不満の声が上がるようになっていた。習近平のネット政策を進める中で自らの権力も拡大した結果、「ネット皇帝」と呼ばれたことに得意になっていたのである。

さらには、習近平に無断で、デタラメの米国批判の文章を発表するなど問題の多いネット作家、周小平を持ち上げ、習近平が主催した文芸工作座談会に出席させた(拙著「習近平時代のネット社会」参照)。この結果、「文化人を重視する」との習のイメージが壊れ、知識人の習に対する反感を招いた。

 

2015年、中国がインターネットにおける国際的な発言権を高めるため主催した「世界インターネット会議」(第2回)では、事前の予想に反し、海外のネット企業の多くが出席しなかった(中国のネット政策への抗議の意味もあったという)。

このため、魯は「万国から中国を拝謁に訪れる」イメージを作り出そうと、中国で働く外国人や、留学生を「外国の専門家」に仕立てて参加させたが、習は後にこれを知って激怒したという。

さらに魯の運命を大きく変えたのが、両会(全国人民代表大会と人民政治協商会議)が開かれていた2016年3月に起きた、新疆ウイグル自治区のネットメディア「無界網」に、習近平に辞任を求めて公開書簡が掲載された事件だった。事件との関係を問われ、筆者の知人を含め多くのウェブサイト編集者やネット作家が拘束されたが、真相は謎のままだ。

だが「澎湃」と同様、習近平政権のネット世論強化を狙いに開設したニュースサイトでこのような政権の安定性を脅かす事態が起きたことが、「魯が権力を失う直接の原因」になったという。

破廉恥なプライベートが明るみに

VOAなどによれば、魯は宣伝部門を担当した江沢民派の劉雲山・前政治局常務委員の配下で、習近平の直系の子分ではない。このため習が自らの配下である徐麟(元上海市宣伝部長)を魯の後任含みで網信弁の副主任としたが、魯はこれに反抗し、徐に格下の事務室をあてがったという。

この他にも、企業の招待を受けて「母乳宴会」に出たなど破廉恥な私生活ぶりも噂となっていた。こうして同年6月に魯は網信弁主任を辞任(後任は徐麟)、中央宣伝部で「精神文明建設」を担当するなど、閑職に回された。

魯が失脚前に最後にメディアに姿を見せたのは10月24日、陝西省延安を視察した時のニュースで、海外の華字メディアは「表情は重苦しく、目つきもぼんやりとしていた」と伝えた。ネットで公開された彼の表情は確かに以前のような自信満面の姿はなかった。