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地方創生「人口減少は自治体の責任」が詭弁と言えるこれだけの証拠

政府の失敗を押しつけるなんて…

ついこの間まで「地方創生」を連呼していた安倍政権が、今度は「人づくり革命」だと騒いでいる。地方創生で地域を活性化し、地方の人口減少を食い止めるのではなかったか。地方自治総合研究所の今井照主任研究員は、そもそも人口減少は「国策の失敗」によって起きたのであって、その責任を国から自治体に転嫁しようという「地方創生」は愚策であると指摘する。<連載第一回はこちら

ベビーブームがなかったら

世界に先駆けて日本で「最も急速に」進む人口減少は、国策の失敗によって生まれました。これを地域の責任に転嫁したところから、「地方創生」政策という新たな失敗が始まったのです。

そもそも人口減少はどうして起きているのか。生まれる子どもが少なくなることによって起こるというのが最も単純な答えです。日本について言えば、初婚年齢が高くなる「晩婚化」と結婚しない人たちが増加する「非婚化」が少子化の原因となっている。ここまでは確かなことです。

しかし、晩婚化と非婚化は少子化を生む現象の一つにすぎません。晩婚化と非婚化がなぜ起きて、なぜそれが少子化につながるのか、その構造こそが問題なのです。このことが多くの人に理解されていない。だから、結婚しない若年世代の「意識」の持ちようや、ときとして子どもを産まない女性に責任が押しつけられる。そのほうが権力者にとって、国策の失敗を覆い隠すことができるから都合がいいのです。

【図1】は日本における出生者数の推移を示すグラフです。

戦後すぐに大きな山が来て、次に1973年をピークとする山がくる。いわゆる「ベビーブーム世代(団塊の世代)」とその子どもたちである「団塊ジュニア世代」です。その後、1980年代後半から出生者数はなだらかに推移しています。

もしこれら二つの出生者数の山がなかったら、言い換えると、他より圧倒的に数が多いこの世代が一斉に老いていくのでなかったら、日本の高齢化はこれほど急速なものにはならないでしょう。子どもの数が減る傾向はあるとしても、他の先進諸国のようにもっとなだらかに高齢化が進んだはずです。

 

もし「第三の山」があれば

さて、グラフの二つの山はなぜできてしまったのか。

戦後すぐの山ができたのは、もちろん戦争があったからです。正確に言えば、戦争のために出産や育児が阻害され、終戦後にその反動が起きたのです。また、1973年をピークとする山は、終戦後のベビーブーム世代が成人して子育て世代になったために生じたもので、こちらも戦争がなければ存在しなかったと言えるでしょう。

日本だけではなく外国でも、戦争直後には多かれ少なかれベビーブームが到来します。戦争は国策の失敗の極致とも言えるのですが、その責任を現在の政府に問うには少し時間がたちすぎてしまったかもしれません。

したがってここで問題にしたいのは、二つの山ができたのに、なぜ三つ目の山はできなかったのかということです。団塊ジュニア世代が2000年代前半ごろに出生数の山を生んでもよかった。でも、実際にはできなかった。もし三つ目の山ができていれば、子どもが増えることで高齢化のスピードはいまより緩和されたはずです。

意外に思われるかもしれませんが、実はここ数年の「合計特殊出生率」(=15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので、一人の女性が生涯に生む子どもの数に近似している)は、90年代前半の数字とほとんど変わらない水準(2016年は1.44)にあります。

しかし、団塊ジュニア世代が成人して子育て世代を迎えるはずだった90年代半ばから2000年代前半については、合計特殊出生率の低下が続いたのです。とりわけ2005年は過去最低の1.26を記録しています。

諸外国に比べて、なぜ日本でだけ急速に人口構成が歪み、極端な高齢化が起きようとしているのか。直接かつ最大の要因はここにあります。この幻の「第三の山」の問題こそ、現在の政府にも責任を問うことのできる国策の失敗の帰結なのです。

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