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京大ナンバーワン教官が教える「勉強することのホントの意味」

これがミライの授業だ
現代ビジネス編集部 プロフィール

ルールを作るのはあなたたち

「ちなみに憲法の『いいとこどり』をしたのは、ベアテだけではありません。皆さん、『憲法』という言葉を日本で最初に使ったのは誰だかわかりますか?

しばらく生徒たちはざわざわと話し合ったあと「……聖徳太子?」という声が上がった。

「そのとおりです!じつは聖徳太子も、憲法をゼロから自分で作ったわけではなく、よその国の憲法を『いいとこどりして』十七条憲法を作っています」

聖徳太子の生きた時代、日本は海を隔てた中国大陸の大国・隋に脅かされていた。隋の周辺にあったアジアの国々は、隋に対する朝貢を欠かさず、日本もその例外ではなかった。

聖徳太子は、国家として日本がきちんとした仕組みを整えなければ、いずれ隋に征服されてしまいかねないと考え、隋と同レベルの国となるために、十七条憲法や冠位十二階などの制度を整えた。瀧本氏は「それらはほとんど隋の制度や条文を『いいとこどり』したものです」と指摘する。

「十七条憲法の中でもっとも有名な言葉、『和をもって尊しとなす』も、中国の偉大な思想家・孔子の『論語』に出てくる言葉からとっています。しかし聖徳太子のすごいところは、隋という当時の世界最大の国から、いちばん良いところを学び、その本質的な精神を自分たちのものにしたところなんです。

ちなみに真似された隋という国のほうは、法を作ってもきちんとそれを実行しなかったため、社会も政治も乱れ、わずか30年で唐に滅ぼされてしまいます。聖徳太子は十七条憲法をもとに、その法に流れる精神をちゃんと実行した。だからこそ『和をもって尊しとなす』の精神は、今も日本に残り続いているわけです」

瀧本氏は、四天王寺中学の礎である敬田院を作った聖徳太子について、解説を続けていく。

「皆さん、聖徳太子って、どういうイメージですか? なんとなく昔からの伝統とかを重んじる人、という感じを抱いていませんか。それは、ぜんぜん違います」

聖徳太子の事跡のなかでも、後の日本の歴史に多大なる影響を与えたことの筆頭といえば、仏教の国教化が挙げられるだろう。もともと仏教は、当時の日本に存在しなかった宗教だ。それまで日本は太古からの自然信仰に基づく、八百万の神を奉じる国だった。国家としての祭りや祈りも、すべて神に奉じられていたのである。

「しかし聖徳太子は、『これからは仏教の時代だ』と宣言して、十七条憲法の中にも『三宝を敬え』と書き、各地に寺を建立して広げていったわけです。もちろんこの改革に猛反対にあいます。

聖徳太子は、伝統の破壊者であり、創造者だった。四天王寺に学ぶ皆さんには、ぜひ聖徳太子の根本にある『他のところから良いことを学ぶ』『伝統に従うのではなく、自ら伝統を作り出す』精神を学んで欲しいと思います」

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