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これがミライの授業だ
現代ビジネス編集部 プロフィール

憲法ってナニ⁉

瀧本氏が次に紹介したのは、ベアテ・シロタ・ゴードン(1923〜2012)という女性だ。瀧本氏が「皆さんこの人を知っていますか?」と問いかけるが、誰からも手が上がらない。しかしこの女性こそが、わずか22歳にして、男尊女卑で女性が虐げられていた終戦直後の日本社会に「男女平等」という概念をもたらした人物だ。

「このベアテという女性はオーストリア生まれのユダヤ人で、親がピアニストでした。幼い頃から日本をふくむ世界中で暮らしたことから、日本語、フランス語、ドイツ語、英語など6ヶ国語に堪能となり、太平洋戦争の開始後その語学力を活かして、アメリカ陸軍の情報部や『タイム』という雑誌社で働きました」

 

ベアテはタイム社で働いていたとき、非常に優秀でありながら女性であるという理由で、リサーチ・アシスタントとしての仕事しか与えられなかった。当時のアメリカも男女平等の国ではなかったのである。

太平洋戦争が終わると、ベアテはGHQの職員に応募し、両親が暮らしていた「第二の故郷」である日本に帰ってきた。そして民主国家として日本が生まれ変わるための「日本国憲法」の草案づくりに携わる。

ベアテらに与えられた草案づくりの期間は、わずか9日間。彼女は持ち前の語学力と、リサーチャー時代に培った調査力を活かし、世界の国々の憲法を読み比べて、日本国憲法に明記されることになる「男女平等」の理念の土台を作ったのである。

日本国憲法第24条
一婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
二配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

「いま皆さんがこれを読むと『当たり前』と思うかもしれません。しかし戦前は、まったく当たり前ではなかったのです。まず女性には『財産権』という自分の財産を持つ権利が認められていなかった。

日本だけでなく、当時、世界でも男女平等の国はほとんどありませんでした。イギリスで1813年に刊行されたジェーン・オースティンの『高慢と偏見』という小説は、夫がいない女性が、父親が死ぬと財産が国に没収されてしまうので、急いで良い結婚相手を見つけうようとする、という筋書きです。日本国憲法ができた1946年の時点でも、ベアテが草案を作ったこの2つの理念を憲法に明記した国家は、世界でもきわめてまれでした」

重要なのは、「日本国憲法というのは、日本人だけで作った憲法ではない」ということだと瀧本氏は言う。

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「日本国憲法は、アメリカやドイツをはじめとする世界中の憲法の『いいとこどり』をして作った憲法なんです。ベアテは6ヶ国語ができたから、世界中の憲法を集めて読み込み、日本国憲法に活かすことができた。ベアテがもしいなければ、日本国憲法に男女平等を明記した24条が明記されることは、ほぼ無かったでしょう」

実際、草案についての話し合いで日本政府側は、24条について『日本には男女同権の土壌はないから受け容れられません』と反対したという。だがGHQ側のリーダーが「この条文は日本で育ち、日本をよく知っている通訳のシロタさんが書いたもので、日本にとって悪いことが書かれているわけがありません。彼女のために通してもらえませんか」と主張して、残されることになったのである。

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