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『漫画 君たちはどう生きるか』誕生を支えた、もう一人の男

無名の漫画家が、なぜこの本を…?
羽賀 翔一 プロフィール

自分の経験が入らないと面白くない

漫画って、どこかに自分の経験が入らないと面白くないんだ、ということが、徐々にわかってきたのが『ケシゴムライフ』の連載中でした。

例えばこの中で、母子家庭についての話も描いています。母に言わせると、両親が離婚したばかりのとき、僕は母親に「お父さんいつ帰るの?いつ帰るの?」ってずっと聞いていたそうなんです。当時は5歳くらいで、そのことを僕はわりと大きくなってから聞かされたんです。

ええっ? と思いました。自分の中で、どこかで記憶をすげ替えているんですよね。お父さんに会いたいという気持ちに蓋をして、閉じ込めていたんだなと思います。その不思議さみたいなものも描きたいと思いました。このテーマに関しては、今後もっと描いていきたいと思っています。
 

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ただ、そうして頑張って描いたけれど、連載後に単行本を出せるかと思っていたら、売れないと思われたからか、同じ出版社からは出せなかったんです……。クラウドファンディングでなんとか単行本にはできましたが、全然売れませんでした。

その後、『宇宙兄弟』の小山宇宙さんのアシスタントをさせていただきながら、細々とオンラインマガジンでの漫画連載などをしていました。正直言って、佐渡島さんの助けがなかったら、漫画家を続けていられなかったと思います。

 

だから、『漫画 君たちはどう生きるか』は「僕にとってラストチャンス」だと思って描きました。

きっかけを作ってくださった原田さんがどうして『ケシゴムライフ』を読んでくださっていたのかは、よくわからないんです。担当の柿内さんやほかの知人にも原田さんとは面識がある人が多く、「ダーハラとは一度会わないとだめだよ! 漫画のネタになる人だから!」なんて言われてもいたので、描き終わってからお会いするのを楽しみにしていたんです。

でも、昨年9月に急に出張先で倒れて亡くなったと聞いて……本当にびっくりしましたし、お渡ししてお礼を言いたかったので、残念でした。

吉野源三郎さんが昭和37年に小説『君たちはどう生きるか』を刊行した。岩波文庫が刊行し続け、その普遍的な内容に、名著として読み継がれてきた。その小説を父親から子どものときに渡されたというマガジンハウスの鉄尾さんが、さらに読みやすくする漫画化企画を立てた。吉野さんのご子息・吉野源太郎さん全面協力の下、漫画家の羽賀翔一さんが担当編集の柿内さんとのタッグで、吉野さんの原作の良さをどう面白く伝えるかを大切に作った。そして素晴らしい作品に仕上がった。

池上彰さん、宮崎駿さん、糸井重里さんら、もともと小説のファンだった人たちの後押しもあり、発売直後にツイッターやテレビで話題になり、あっというまに広がった――。

「『漫画 君たちはどう生きるか』がベストセラーとなった理由」を簡潔にまとめると、こういうことになるだろう。

ただ、そこに名前が出てこない一人の編集者が、無名だった羽賀翔一さんと『君たちはどう生きるか』をつないでいたことは事実だ。

原田さんがどこかで『ケシゴムライフ』を読んで、何かを感じてくださって、それで僕を鉄尾さんに推薦してくれた。

僕にとっては、そこからすべてが始まったんです。

原田さんの在りし日の写真を見ながら、ご家族に渡すために描いた。ご家族の方は、このベストセラーに原田さんが関わっていたとは知らなかった

『漫画 君たちはどう生きるか』企画・立案をしたマガジンハウス鉄尾周一さんの証言

「原田さんとは何十年の付き合いで、特にここ3、4年はふた月に一度は食事をする仲でした。この日も二人で食事をするときに、『君たちはどう生きるか』を漫画化したいと思うんだけどと、企画の相談をしたんです。そうしたら『その企画はすごくいい!パクりたいくらいだ!』って(笑)。そう言いつつも面倒見がよいから、『なら漫画家は羽賀さんがいいんじゃない?世界観が合ってるよ』と教えてくれました。3年以上前のことです。
 

私もすぐに『ケシゴムライフ』を読んで、『世界観が重なる』といわれたことに納得しましたね。ほとんど無名の漫画家だということはまったく関係なく、原田さんの紹介ならと、大舟に乗った気持ちでした。

原田さんは羽賀さんが所属しているコルクの佐渡島さんをすぐに紹介してくれました。同時にコルクにいらした柿内さんに編集の担当してもらえることになって、これだけ信頼できる編集者がみな『羽賀さんなら描ける』というなら、これなら必ず良いものができる、という思いはありました。
 

原田さんがいなかったら、この本は始まっていなかった。彼に完成したものを渡せなかったのは残念だけど、今度島根のお墓にもベストセラーのお礼に行きたいなと思っているんですよ」

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2017年8月末の発売から3カ月弱で53万部。「名著をただ漫画化した」のではなく、「名著が伝えたいことに寄り添って漫画にした」一冊だ。