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『漫画 君たちはどう生きるか』誕生を支えた、もう一人の男

無名の漫画家が、なぜこの本を…?
羽賀 翔一 プロフィール

僕自身がコペル君だった

柿内さんと一緒に鉄尾さんに会って依頼を受けた日その日に、柿内さんが持っていた岩波文庫の『君たちは~』を借り、1日かけて読みました。雑誌編集者だった吉野源三郎さんにとって初めての小説だったとは信じられないほど、キャラクターが生き生きとしていて、フィクションとして、物語としてすごく魅力的なものだなと感じました。

僕と柿内さんが目指していたのは、名著をそのまま漫画化するのではなく、「きちんと漫画として独立して面白く、長く読みつがれるもの」にしたいということ。そのためには、読者が共感できて寄り添えるような、キャラクター作りやリアリティが大切です。

ですから、原作では大切な役割を果たすキャラクターが漫画版にはいなかったり、物語の順番を入れ変えたり、まとめてカットしたりした部分もあります。

いろいろ悩んだり止まったりして、依頼を受けてから完成までに2年以上かかりました。その過程で「吉野源三郎さんの思想すべてを、僕が完璧に理解することはできない」と気づいたんです。

吉野さんの言葉をそのまま再現することも大切だけど、それ以前に漫画家として、キャラクターの感情にどれだけ近づけるかということを大切にしよう、と。自分自身の経験や記憶と引き出しながらでないと、キャラクターの気持ちに近づくことはできませんでした。

コペル君のキャラクターについては、自分と似たところを感じていました。僕自身もコペル君と同じように母子家庭で育ちましたし、いじめられっ子を救えなかった経験もありました。

小学校低学年のことです。当時、いじめられていたクラスメイトに消しゴムを貸したんですね。その消しゴムを返してもらったときに、いじめっ子がその現場を見ていて、僕に「この消しゴムはばい菌がついているから捨てろ」と言い寄ってきて……。反発もできず、言われるままにその子の目の前で捨てたんです。

子どもながらに、なんてことしちゃったんだろうって思いました。

『君たちはどう生きるか』の原作を読むまでは、そんなことがあったということも忘れていました。原作を読んで、自分自身にある引き出しをあけて、えっさほっさやっているうちに、その記憶が蘇ってきたんです。

誰しもそういう経験はあるけど忘れてしまう。でもそこでの小さな経験は、その後の選択や行動に、どこかでつながっている。この小説は、そういう自分の引き出しの中の経験を思い出させてくれるんですよね。

漫画の中で、同級生でいじめられっ子だった浦川君がノートにすき間をあけずギチギチに字を書いているのを見て、コペル君が「そんなに字をつめて書いちゃ読みづらいんじゃない?」と言うシーンがあります。「うちはそんなに何冊もノートを買えるわけじゃないからさ」と答える浦川君に、コペル君は「はっ」とします。

©羽賀翔一/吉野源三郎『漫画 君たちはどう生きるか』マガジンハウス

これは、僕が実際に体験したことなんです。ぼくもコペル君みたいに友だちにこう聞いたとき、「貧しくてノートが買えないかもしれない」という考えは一切なかった。そういう、自分が「はっ」とした記憶も入れ込んでいきました。

 

もちろん、思いついたものをそのまま放り込めばいいというわけではありません。とにかく原作の力が強いので、入れ込みたいと思うできごとが原作に沿っているのかどうかをうまく見極めながら、漫画としてより面白くなるのであれば描こう、と考えながら進めました。

だから、「えっ、あのシーンって実は原作にはなかったんですね」と言われると嬉しいですね。