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素人参加バラエティの草分け『ぎんざNOW!』を語ろう

ラビット関根、竹中直人らを生んだ
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学校から急いで帰り、チャンネルを合わせて「ぎ~んざナウ!」。素人コメディから性教育まで、扱うのは若者が興味のあることすべて。伝説的番組がいま甦る。

ぎんざNOW!
1972年10月2日から1979年9月28日まで、平日の夕方5時からTBSで放送された情報バラエティ番組。銀座テレサからの生放送で、関東ローカルながら中高生が帰宅後に見る番組として爆発的な人気を集めた

番組を若者の解放区に

青柳 '67年にTBSが三越の協力を得て銀座分室として「銀座テレサ」を開設。その銀座の一等地にできたサテライトスタジオで「新しい形の番組作りをしよう」と'72年にスタートしたのが、『ぎんざNOW!』でした。

せんだ 僕はそれまでラジオの仕事が中心で、テレビは『ぎんざNOW!』が初めて。

放送作家の奥山伸さんが「テレビに出たことがなくて、やたらとしゃべってうるさい奴をTBSが探している」ということを聞き、初代司会者に僕を推薦してくれたんです。

大場 私がアシスタントとして出演していたのはちょうど歌手デビューした'77年頃です。まだ『コメットさん』をやる前で、まったく名前も売れていなかった。

『ぎんざNOW!』のおかげで初めて親衛隊ができ、生放送で「クミコ」コールをやってもらいました。

青柳 放送開始当時、平日の夕方5時台は視聴率の取れない「クズ枠」と呼ばれ、各局子供向けのアニメを放送していました。そこに中高生にターゲットを絞った30分生放送の情報番組を作ったわけです。

コンセプトは番組を若者の解放区にすること。私はプロデューサーとして、若者がなんでも自由にできる番組を作りたかった。だから、作る人も、出る人もすべて若者でやろうと考えました。ディレクターも平均25歳と非常に若かったんです。

せんだ 番組がスタートしたときは、僕も25歳。やっぱりそんな若造に生放送を任せるのは、相当怖かったんだと思う。事前にスタッフから放送禁止用語について懇々とレクチャーされましたし。

大場 私はしゃべりがすごくゆっくりだったので、「生放送なんだからもっと早く話す練習をしなさい」と言われました(笑)。

 

青柳 TBSではそれまで生放送はすべて自主制作していましたが、この番組は制作会社が入っています。

当初は、「社員以外の人間が生放送の番組を作るなんてありえない」と会社側は否定的でしたが、「若者を中心にした新しい番組を作りたい」となんとか説得しました。

おかげで、若手スタッフがアイデアを出しあって、面白い企画がポンポン出てきました。あの秋元康さんも、奥山さんの弟子として番組に関わっていたことがあります。

せんだ 出演者と企画は曜日ごとに違って、それぞれ特色があった。月曜日の看板コーナーだった「素人コメディアン道場」は、青柳さんのアイデアでしたよね。

青柳 そうです。素人がモノマネやコントなどを披露して競い合うコーナーで、新人発掘が狙いでした。

キャロル時代の矢沢永吉

せんだ その狙いがズバリと当たりましたね。「素人コメディアン道場」の初代チャンピオンは関根勤さん。

小堺一機さん、竹中直人さんら、いまも第一線で活躍されている方々もこのコーナー出身で、清水アキラさん、桜金造さん、あご勇さんら歴代のチャンピオン6人を集めた「ザ・ハンダース」も結成されました。

青柳 チャンピオンにはなりませんでしたが、当時、高校生だったとんねるずも出ていたらしい。

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