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「環島」自転車で台湾を一周して見えた、私のアイデンティティ

8泊9日、1000キロの旅

近くて遠い「私の台湾」

最近の台湾には「台湾人になるための儀式」がある。

生涯において、台湾人ならば3つのことをやり遂げなければならないという。

一つは、標高3952mの台湾最高峰「玉山」を登ること。玉山は日本統治時代は「新高山」と呼ばれ、真珠湾攻撃の暗号にもなった。

もう一つは、台湾中部の観光名所である湖・日月潭の湖岸から対岸までの約3キロを泳いで渡ること。

そして、自転車で台湾を一周する「環島」を達成することだ。

私は、もちろん、どれも成し遂げたことがなかった。

私は、父が台湾人で母が日本人のハーフとして東京で生まれた。生後まもなく台湾に渡り、小学校5年生まで、台湾の台北にある現地の学校に通った。家に帰れば両親と日本語を話し、学校では中国語、街中では台湾語を使い分けてきた。

味覚や基礎的な教育は台湾仕込み。幼少期、自分はほとんど「台湾の子供」だと思って暮らしてきた。ところが、父の仕事の関係で、11歳以降は生活の拠点を日本に移し、日本の中学校、高校、大学に進学した。

日本語も話せたので日本での生活にすんなりと馴染んだ。自分を「日本人」と認識するのに、そう時間はかからなかった。

我が家で唯一台湾とつながりのある父は、私が14歳のときに肺がんで亡くなっている。以来、母と妹と、残された私たち家族の間で台湾を意識することは急速に減っていった。

 

台湾は、東京から距離にして約2000km。飛行機なら約3時間で到達する場所にある。だけれども、私にとってはまるで地球の裏側にあるような遠い存在となり、台湾人という意識は心の中に眠ってしまった。

目覚まし時計は、一本の電話だった。2016年、台湾が世界に誇る自転車メーカー・ジャイアントの中村晃日本法人社長から声をかけられた。

『一青さん、半分台湾人でしょ。台湾人なら台湾一周の「環島」をしないと』

誘われるがまま、同年11月に開催されたFormosa900という、世界各国から台湾一周を自転車で走る人たちが集まるイベントに参加することになった。

アイデンティティを見つける1000kmの旅

台北を出発し、台中、台南、高雄と西側を通り、屏東と台東にまたがる海抜460mの高さにある寿峠を越え、東海岸に抜ける。台東からは花蓮、宜蘭と北上し、新北市に入り、再び台北に戻ってゴールとなる。

台湾はさつまいもによく似た縦長の島だ。島の中央を、南北に3000m級の山々が貫き、道路や鉄道は島の周囲を巡っている。一周は約1000km。8泊9日で走破する。1日に平均100kmを自転車に乗って進んだ。

毎朝6時に起床し、7時に出発。およそ20kmごとに小休憩をはさみ、昼食を食べ、日没までまたペダルを踏み続ける。

一緒に走った仲間は、ほとんどが台湾人。20代から60代と幅広い年齢層だが、多かったのは、40から50代の会社勤務のいわゆるサラリーマンだ。

社会的に責任ある立場で仕事に精を出す大人が、なぜ1週間以上もかけて、ひたすら自転車のペダルを踏み続けるのか。不思議である。「どうして環島に参加したのですか」と環島中、参加メンバーに尋ね続けた。