学校・教育

「坂本龍馬が教科書から消える」には、大誤報が潜んでいる

「消えても仕方ない」じゃないんですよ
河合 敦 プロフィール
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とんでもない誤報

たしかに政治の表舞台で活躍したわけではないだろう。しかし、薩長同盟、大政奉還、五箇条の御誓文など、裏方として近代国家の誕生に果たした影響はきわめて大きい。なにより、彼のような縁の下の力持ちの重要性を高校生に教えることも必要ではないだろうか。

やや脱線するが、相次ぐ大企業の不祥事などは、経営者の方たちに、地道に現場で汗を流す、いわば裏方への配慮が不足していることが原因のような気がしてならない。

さらに言えば、今回の歴史教科書の用語精選のニュースはテレビ朝日の報道番組でも取り上げられていた。

だが、それを見ていて、とても驚いた。

「坂本龍馬は昔、教科書に載っていなかった」というとんでもない誤報を流していたからである。ここではっきり言っておくが、坂本龍馬が昔の教科書には載っていなかったというのはウソである。

たとえば、昭和18年の国定教科書(『初等科国史 下』文部省)には、

「朝廷では、内外の形勢に照らして、慶応元年、通商条約を勅許あらせられ、薩・長の間も、土佐の坂本龍馬らの努力によって、もと通り仲良くなりました」

と記されている。

 

とくに薩長同盟の箇所には、西郷隆盛や木戸孝允は登場せず、薩長を取り持った人間として坂本龍馬の名前だけが出ているのだ。国定教科書ゆえ、この記述は国民がみんな読んだはずだ。つまり人気があったかどうかは別として、坂本龍馬が戦前なら誰もが知っている偉人だったことは間違いない。

では、なぜ、こうした誤解が起こるのか。 

なんとなく私たちは、司馬遼太郎氏の人気小説『竜馬がゆく』が刊行されたから、坂本龍馬は有名になったのであり、教科書に掲載されたのも、小説が出版された1960年代半ばぐらいからだと思い込んでいるのだろう。

でも、それも間違いだ。

昭和32年に発行された教科書には「土佐藩の尊王攘夷派を代表する坂本竜馬・中岡慎太郎らの藩士は、薩・長両藩の間を説き、一八六六年(慶応二年)一月、薩長連合の密約を成立させた」(豊田武著『高等学校社会科 日本史』中京出版)とあり、司馬氏の小説がブレイクする前から龍馬は教科書に登場しているのだ。しかも戦前同様、薩長同盟の項には両藩の代表であった西郷と木戸は登場していない。

このように、戦前からずっと龍馬は教科書に出てくるメジャーな人物だったのである。それが「昔の教科書には載っていなかった」などという誤った報道によって、「そうか。それなら消えても仕方ないな」という気持ちを視聴者が起こさないことを願いたいものである。

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