建設中の代々木体育館。1964年〔PHOTO〕gettyimages
現代史 社会風俗

1964・東京オリンピックは「社会の熱気」を持ち去った…!?

歴史はまた繰り返されるのか
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前回(1964年)の東京オリンピック終了後、日本のクリスマスにはある大きな「異変」が起きていた…。異教徒の祝祭クリスマスが日本化した謎を解き明かした話題書『愛と狂瀾のメリークリスマス』の堀井憲一郎さんに、見逃しがちな時代の気分の変わり目を教えてもらった。

ハロウィンは定着するか

今年2017年のハロウィン当日は火曜日で、さほどの騒ぎにはならなかった。

何となくうっすらと街は浮き足だっていたし(ときどき、ハロウィン浮かれ騒ぎの若者集団が通りすぎていた)、電車に乗ると顔から少し血を流した若い女性がいたりしてぎょっとしたが(仮装化粧のようでした、たぶん)、平日の夜は、やはり働いている人は参加しにくい。

ハロウィンが大騒ぎになるのは、曜日次第である。土曜日が一番いい。次に盛んになるのは日曜日と金曜日の夜である。

最近では2015年10月31日が土曜日で、2014年が金曜日だった。この2年で「ハロウィンの渋谷の大騒ぎ」が定着した。

その少し前から徐々に人は集まっていたのだが、2014年に飛躍的に人数が増えて、2015年にそれが定着したということだ。

次に10月31日が土曜日になるのは2020年、東京オリンピックの年である。金曜は2025年まで来ない。

あと2年ほどやや静かなハロウィンが続き、2020年にまた大騒ぎするハロウィンが見られるのだろう。そういう曜日による起伏を持ちながら、少しづつ定着していくのではないか、とおもわれる。

渋谷、ハロウィン2017年、東京のハロウィン〔PHOTO〕gettyimages

1964年という境目

2020年の東京オリンピックがひとつの境目だと考えたところ、そういえば1964年の東京オリンピックもそうだった、とおもいいたった。

ハロウィンではない。クリスマスである。

クリスマスの騒ぎは1964年を境に沈静化していったのだ。

1964年はひとつの変わり目であった。

クリスマスの歴史を眺めていると、日本の社会の微妙な動きが察知できておもしろい。

クリスマスにまつわる日本人の動きが、ある年を境に変わる。それは、社会そのものが変わっていく姿である。クリスマスはわりと軽んじられがちな祭りなので、だからこそ社会の気分がストレートに反映される。

 

敗戦後、荒ぶれた気分を背景に、日本のクリスマスは破壊的な大騒ぎを展開していたのだが、それがわかりやすく沈静化するひとつの区切り目が1964年にある。

高度成長期で唯一の不況がこの1964年にあった(ドラマ『ひよっこ』でトランジスタ工場が倒産していた年である)。

世界相手の戦争に激しく負けてから19年、16年前のロンドン五輪には参加さえさせてもらえなかった日本が、オリンピックを自国開催、しかもアジア地域で初めての開催ということで、国民は熱狂し、傾倒した。力を入れすぎたからか、また、復興もあるところまで到達したと少し安堵したのか、1964年を境に空気が変わっている。

クリスマスは、1964年を境に子供のものになった。もどったというのが正しいのだが、とりあえずクリスマス騒ぎから大人が離脱した。

つまりそれまでの日本のクリスマスは大人のものでもあったのだ。

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