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現代新書

9回出撃して、9回生きて帰った特攻隊員の「その後の人生」

不死身の特攻兵と呼ばれて

仲間が次々死んでいくなかで…

9回出撃して、9回生きて帰ってきた特攻隊員がいました。

それも、陸軍第一回の特攻隊『万朶隊』の隊員でした。名前は佐々木友次。当時、21歳の若者でした。

とうとう、佐々木友次さんの人生を描く本を出せることになりました。今年の8月に僕は『青空に飛ぶ』(講談社)という、いじめられている中学2年生の男の子が、生き延びた特攻隊員と出会う小説を書きました。死のうと決めていたのに、彼を知って、もう一度生きることを選ぶようになる物語でした。

その特攻隊員が佐々木友次さんでした。僕は、僕自身が作り上げたフィクションの人物が、ノンフィクションの佐々木さんに出会うという、フィクションとノンフィクションを合体させた物語を書きました。

が、今回の『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』は小説ではなく、完全にノンフィクション、佐々木友次さんの人生そのものを書きました。二つの形で、佐々木友次さんについての本を出そうと思ったのは、どうしても、佐々木さんの人生を多くの日本人に知って欲しかったからです。

海軍の第一回の特攻隊は『神風特別攻撃隊』でした。世界的に有名になった零戦のカミカゼです。陸軍の『万朶隊』は、その約三週間ほど後に出撃しました。

海軍も陸軍も、一回目の特攻隊員には、優秀なパイロットを選びました。特攻を絶対に成功させる必要があったからです。

 

が、操縦士達は、ベテランであればあるほど、この決定に怒りました。毎日、血の出るような激しい訓練を続けているのは、操縦技術を磨き、見事、アメリカ艦船に爆弾を命中させるためです。それが、爆撃ではなく体当たりをしろと命令されるのは、パイロットの技術とプライドの完全な否定でした。

佐々木さんも、そして『万朶隊』の岩本益臣隊長も、命令に憤慨しました。『神風特別攻撃隊』の関行男隊長は、出撃前、そのやるせない思いを新聞記者に一対一で語りました。

『万朶隊』の岩本隊長は、「体当たりをしないで爆弾を落とせ」と言いました。あきらかな軍規違反、軍法会議レベルの重罪です。

そして、佐々木さんは、その言葉を守って、9回出撃して、9回生きて帰ってきました。体当たりではなく、爆弾を落として帰ってきたのです。

上官達は、怒りました。すでに佐々木さんの輝かしい特攻戦果はマスコミで大々的に報道され(死んだことになっていたのです)、天皇にまで報告されていました。「次は絶対に帰ってくるな!」「今度は爆弾ではなく、体当たりで船を沈めろ!」「とにかく船ならなんでもいい!」と、上官達は、佐々木さんに死ぬことを求めます。怒鳴り、脅し、面罵しながら、大人達は21歳の佐々木さんを追い詰めました。

けれど、佐々木さんは帰ってきます。守ってくれるはずの岩本隊長はすでにいませんでした。仲間の隊員達は死んでいきます。でも、佐々木さんはたった一人、帰ってきました。

どうして、そんなことができたのか。自暴自棄にならなかったのか。どうして途中で、

「もう、死んでもいいや」

と挫けなかったのか。上司の強引な命令に負けなかったのか。

僕はその秘密をどうしても知りたいと思いました。けれど、無理なことだと思っていました。それは遠い昔の歴史の一ページだと。

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