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「座間9遺体事件」マスコミはまだ凶悪犯罪をアニメのせいにする気か

にわか専門家のデタラメが野放しに
原田 隆之 プロフィール

犯罪に関する「7つの神話」

かつて私は、著書のなかで、犯罪に関する「7つの神話」を挙げ、それが間違いであることをデータとエビデンスを元に説明した。その神話とは、以下のとおりである。

・少年事件の凶悪化が進んでいる。
・日本の治安は悪化している。
・性犯罪の再犯率は高い。
・厳罰化は犯罪の抑制に効果がある。
・貧困や精神障害は犯罪の原因である。
・虐待をされた子供は非行に走りやすい。
・薬物がやめられないのは、意志が弱いからだ。

これらは、みな間違いであるにもかかわらず、いまだに広く信じられている。逆に言えば、われわれが直観的に正しいと思うことは、往々にして間違っているということである。

したがって、われわれは、謙虚に「人間というものは、間違いやすいものである」という事実を認め、データやエビデンスに基づき、科学的な方法に頼って、少しでも間違いの可能性を低くするように努めなければならない。

そして、そこに「専門家」の存在意義がある。もちろん、データや科学も万全ではない。しかし、直観や思い込みよりは、「まし」である。

「にわか専門家」や「似非専門家」は、こうしたデータや科学の対極にいる者たちである。感情や直観を頼りにして、あたかも推理小説を読んでいるような気軽さで、実際の事件を安易に分析する。

したがって、その分析はたいていの場合、上で例を挙げたとおり、間違っている。

しかし、「にわか専門家」より、「似非専門家」のほうが、本当は専門家ではないのに、「専門家」を名乗っている分、質が悪い。

タレントの犯罪分析は、皆聞き流すだろうし、ネットでもたちまち批判を受けるが、「似非専門家」に対しては、「似非である」と気づかれることすらまれであるし、視聴者はそれを信じてしまう。

犯罪関連の学会にも属しておらず、論文の1本も書いていないような人を、メディアは「専門家」と呼んで引っ張り出してはいけない。「心理カウンセラー」などというわけのわからない肩書の者を、メンタルヘルスの専門家扱いするべきではない。

 

今後われわれがなすべきことは

今回の事件直後の報道は、どのメディアでも一定の歯止めをかけており、ある程度は抑制的であったとは思う。

しかし、被害者が明らかになった直後に、例によって卒業文集を曝してみせた番組があったし、先述のように容疑者の騙しの「テクニック」を面白半分のように描く番組もあった。

このように、時間が経つにつれて、最初の抑制が徐々に解けてきたようにも思える。

一方で、テレビでは番組によっては、「サイコパス」という用語を使わないでくれと言われることがあった。

確かに「サイコパス」という言葉は、センセーショナルに聞こえるかもしれないが、れっきとした学術用語であり、きちんと定義して用いれば、いたずらに事件を煽情的にあおる用語というわけではない。

過剰な事なかれ主義によって学術用語にすら「言葉狩り」をすることは、果たして正しい態度であると言えるだろうか。

日ごろから過激な言動の多いネット上では、この事件についても、匿名をいいことに言いたい放題の様相が見られたが、その一方で、既に述べたように、むしろテレビの報道に対する健全な批判も多く見られた。

メディアの暴走や偏りを監視するのは、何より視聴者をおいてほかにない。前代未聞の猟奇的事件について、メディアはどのように報じ、どのような態度を取るのか、われわれは今後も注視していく必要があるだろう。