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「座間9遺体事件」マスコミはまだ凶悪犯罪をアニメのせいにする気か

にわか専門家のデタラメが野放しに
原田 隆之 プロフィール

弊害だらけの自称「専門家」

テレビにはまた、いつものようにと言うべきか、自称「専門家」もたくさん出演し、自信たっぷりにトンチンカンなことを述べていた。これは、害の垂れ流しでしかない。

例えば、ある番組では、男女関係やDV、コミュニケーションに詳しいという自称「心理カウンセラー」が登場して、容疑者が被害者女性を引きつけた「テクニック」について解説したが、天晴なくらい的外れであった。

容疑者について「女性を受け入れる受容と共感がすごくできるタイプ」であると評し、まるでカウンセリング・テクニックを駆使して被害者を唆したかのように解説していた。

しかし、容疑者には共感性の欠片もないことは、事件の態様をみれば明らかであり、前回の記事で私が分析したとおり、彼はサイコパスである疑いがきわめて大きい(「犯罪心理学者が読み解く、座間9遺体遺棄事件『最大のナゾ』」)。

だとすると、彼が共感を見せたとしても、それはうわべだけの薄っぺらい演技にすぎない。この自称「心理カウンセラー」も、まんまと容疑者に騙されていたことになる。

以前も「自称カウンセラー」の弊害について論じたが(「女子中学生を『買春』子どもを食い物にする自称カウンセラーが増殖中」)、世の中には、何の資格もなく「心理カウンセラー」を名乗って、実際にカウンセリングをしたり、影響の大きいメディアで珍説を開陳したりする者が大勢いる。

これに対して、社会やメディアは、厳格に歯止めをかけるべきである。このような似非専門家を使うメディア側のモラル、責任感が問われる問題である。

多くの人が関心を持つ大きな事件であるだけに、興味本位で話さえ面白ければよいという態度は、そのときには視聴率は稼げるかもしれないが、長い目で見ると、メディアとしての自殺行為である。

 

もう1つテレビでの珍説の例を挙げると、ある犯罪心理の「専門家」によれば、容疑者が被害者の頭部を手つかずの状態で取っておいたのは、自分の顔のコンプレックスを打ち消すような意味があるのだという。送検時に両手で顔を隠していたことも、自分の顔へのコンプレックスの表れだという。

よくも何の根拠もなく、想像でこれだけのことを言えると感心する。自分が世界の中心であるのがサイコパスの特徴であり、コンプレックスとは無縁の人種である。頭部を取っておくことが、なぜコンプレックスを打ち消すことになるのかも、まったく意味不明である。

自分の顔を隠したのは、コンプレックスゆえではなく、尊大な自意識を保ちたかったからだというほうが、まだ推理としては筋が通る。眼鏡のレンズが手の脂で汚れることさえ気にしている彼であるから、何よりも自分のことが一番大事なのである。