北朝鮮 インテリジェンス

北朝鮮「武闘工作部隊」日本人妻と子供たちが辿った残酷すぎる運命

私が出会った北朝鮮工作員たち 第6回
竹内 明 プロフィール

陽子は1979年5月に日本を出国し、北朝鮮に渡ったとされる。

2007年の捜査で、警視庁公安部外事ニ課、通称「ソトニ」は、留学同の入る朝鮮出版会館などを家宅捜索した。だが、この時すでに、国内にいる多くの関係者の事項は成立しており、遅きに失した捜査だった。

朝鮮総連側は「総連と拉致事件を結び付ける世論操作である」などとして反発した。

「差別社会」が日本への脅威を生み出す

この事件の関係者の中では、木下陽子だけでなく、子供たちを工作船に乗せて北朝鮮に連れて行った実行役とされる女性工作員(ユニバース社の社員)も短大時代、留学同に所属していた。父は在日朝鮮人、母は日本人だという。

「ユニバース社に在籍していた工作員十数名のほとんどは、父親が帰化朝鮮人もしくは在日朝鮮人だった。しかし、彼らは日本人の母親に育てられている。そこが最大のカギなんだ」(公安捜査員)

カギとは、どういう意味なのか。日本人の母親に育てられ、日本の学校教育を受けた若者が、留学同に参加してスカウトを受けたからといって、冷酷な北朝鮮工作員になってしまう理由とは、何なのだろうか。

事件の背景をよく知る、ある在日朝鮮人はその理由を私にこう語った。

「原因は差別が作り出す日本社会への憎しみです。

朝鮮民族の男性と結婚しようとした日本人女性は当時、親から勘当されたり、親戚づきあいを絶たれたりして、酷い目に遭った。子供は親や周囲から自然と、そんな話を聞いて育っている。

彼らが成長し、大学生になって、留学同のサークルで朝鮮の歴史を学ぶと、自分の中の民族性に火が付く。朝鮮民族のために人生を捧げたいと思うようになる。

差別を受けた者しか分からないが、疎外感を感じた者の反作用は激しいのです。北朝鮮の工作機関は、若者のそんな使命感を刺激して、利用するのです」

私はこの証言を聞いて、似たような議論を思い出した。

最近のヨーロッパでテロを引き起こしている「ホームグロウン」と呼ばれるテロリストたちが生まれる背景を、現地で取材していたときのことだ。

 

「ホームグロウン」とは、ISISなどテロ組織が拠点とする中東などから渡航してきた人間ではなく、欧米で生まれ育った若者が、過激思想に感化されてテロリストになることを指す。

フランスやベルギーでは、国内で生まれ育ったイスラム系移民の二世、三世の若者がある日突然、イスラム過激派思想に染まり、シリアなどで訓練を受けてテロを引き起こすようになる。

彼らはたいてい、元は敬虔なイスラム教徒ではない。酒を飲み、モスクにも通わない、西側文化に染まっていたはずの素行不良の若者だ。

欧州某国の対テロ捜査官は、こう話した。

「人種差別や宗教的な疎外感が、欧米社会や文化への怒りに転嫁されていきます。

彼らは泥棒や強盗といった小さな犯罪を犯し、刑務所という小さな社会に短期間滞在しているうちに、先住者(刑務所内の”先輩”犯罪者)によって過激派思想に洗脳される。刑務所から出て、シリアに行ってしまうのです。

彼らは『イスラム教徒を弾圧する者と闘う』という英雄心に基づいて行動するようになります。イスラム教の教義について学んだこともない若者のほうが過激化のスピードが速いのが特徴です」

テロリズムと国家による工作活動を単純に比較するのは妥当ではないかもしれない。だが、社会の中に巣食う「差別の構造」こそが、テロ組織や工作機関のリクルートを容易にし、敵対活動を広げる大きな原因になっていることは、認識しておかなければならないだろう。

核やミサイル問題によって、北朝鮮情勢が緊迫しているいまだからこそ、私たちはなおさら冷静な目を持つことが大切なのではないだろうか。

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