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北朝鮮 インテリジェンス

北朝鮮「武闘工作部隊」日本人妻と子供たちが辿った残酷すぎる運命

私が出会った北朝鮮工作員たち 第6回
アメリカとの言葉の応酬がエスカレートし、戦争の不安も高まる北朝鮮。しかし、北朝鮮の脅威はすでに、あなたの隣に迫っているかもしれない……。日本にも数多く潜伏している北朝鮮の工作員たち。彼らはいったい何者で、どんな生活を送っているのか。公安警察や元工作員への取材を重ねてきた報道記者・作家で『スリーパー 浸透工作員の著者でもある竹内明氏が、日本に潜む工作員たちの実像に迫ります。

(前回までの内容は、こちらから

日本に展開した武闘組織「ふくろう部隊」

その男は、朝鮮総連傘下の研究機関「朝鮮問題研究所」の研究員だった。愛想はなく、取っつきにくい男。これが周囲の者の一致する人物評だ。

男の名は高大基(コ・デギ)。1973年当時、40代半ば。

朝鮮問題研究所が発行する機関誌『月刊朝鮮資料』に、研究論文を書いたことはない。巻末の「日記」の部分に軍事問題の短い記事を執筆するだけだった。

同僚たちにとっても謎の人物。愛媛県宇和島出身で、「予科練上がり」という噂があった。戦争末期には日本海軍のパイロット養成課程にいて、特攻作戦での死も覚悟していたと囁かれるほど、肝の据わった男だったのだ。

高は軍事の専門家で、事務所では「資料室長」という肩書きで韓国情勢の書籍を管理していたという。職場の同僚はこう語る。

「いつも遅れて出勤する。不機嫌そうに座っていて、突然出かけて帰ってこない。

在日朝鮮人社会は本国と同じ規律社会なのだが、上司は高に何も言わない。だから、裏の仕事をやっていることは薄々分かった」

 

実際、高大基には複数の顔があった。その一つが武闘組織「ふくろう部隊」の訓練隊長だ。

ふくろう部隊は、当時の朝鮮総連第一議長・金炳植(キム・ビョンシク)が組織化したもので、朝鮮大学校を卒業した総連の専従活動家が構成員だ。金炳植の護衛や思想弾圧、政敵の追い落とし工作を担当したとされる。

ある在日朝鮮人は「本国にある国家安全保衛省みたいな組織だ」という。軍直属の工作機関・偵察総局に属する工作員たちも、祖国を裏切ったと判断されれば、国家安全保衛省によって抹殺される。反逆を許さぬ秘密警察的な組織と言っていい。

「ふくろう部隊」は正式名称ではない。夜の暗闇に乗じて尾行や襲撃をしていたので、「ふくろう」と恐れられるようになったのだ。

「ふくろう部隊の隊員は、フルコンタクト空手の師範代に格闘技術を教え込まれ、1日8時間の訓練を受けていた。訓練開始から1年もたつと、体が二回りは大きくなって、ヤクザとトラブルになっても全然怖がらない。

大阪の総連幹部が海岸で変死体で見つかった事件では、ふくろう部隊の犯行だという説があった」(総連関係者)

「高大基は、ふくろう部隊の隊員を再教育するため大菩薩峠に合宿に連れて行ったりしていた。逆さ吊りにして度胸試しをやったという噂だった」(高大基をよく知る人物)

工作機関のダミー企業が五反田に

のちに分かることだが、謎の男・高大基にはもう一つの顔があった。東京・五反田の貿易会社社員という肩書きだ。

会社名は「ユニバース・トレイディング」。1971年に金炳植が設立したこの会社は五反田のTOCビル4階にあった。登記上の社長は日本人男性だが、この人物は金炳植の友人だった(同社は1978年倒産)。

設立翌年に、金炳植が本国に召還されて失脚。後継者として会社を仕切っていたのが、高だ。30人ほどの社員が貴金属の輸出の業務にあたっていたという。

実は、この会社こそ北朝鮮工作機関のフロント企業であり、社員のうち10人が北の工作員だった。

「表向きは貿易業務だったが、目的は在日米軍の情報収集などの秘密工作や資金調達、海外の工作員との連絡だった。貿易会社は金も稼げるし、海外に出張しても自然だ。ちょうど良い偽装だった」(公安捜査員)

強面の切れ者で、工作機関のフロント企業を動かす男――。そんな危険な香りを漂わせる高だったが、一方で彼には当時、日本人の妻がいた。