シャングリラ市郊外の大湿地帯(筆者撮影)
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『君の名は。』が現実に?隕石落下で湧く中国の秘境シャングリラを歩く

おそらく世界初の現地ルポ

そこはアジア最後の秘境

突然ですが、皆さんは「シャングリラ(理想郷)」という名の街が中国で実際に存在することをご存知でしょうか。

この言葉はもともと、英国人作家ジェームズ・ヒルトンの冒険小説『失われた地平線』(1933年初刊)に登場する架空の土地の名前。小説の主人公コンウェイは、チべット奥地の秘境シャングリラに不時着し逗留するが、そこの住民たちは皆300年近い長寿だったーーそんなお話です。香港に本拠をおく高級ホテル「シャングリ・ラ・ホテルズ」の名前も、ここから取られたそうです。

中国・雲南省の西北端に、香格里拉(以下シャングリラと表記)県が誕生したのは2001年のこと。やはりヒルトンの小説にあやかってのネーミングで、2014年に市政へと移行し、現在はシャングリラ市と呼ばれています。

この地が今秋、一躍脚光を浴びました。きっかけは10月4日、近隣で「巨大な火の玉が飛ぶのを見た」との目撃情報が相次いだことです。

周知の通り、中国ではGoogleはおろかYouTubeも閲覧できませんが、ネット上には記事のみならず動画も複数アップロードされています。これを見る限り、隕石はかなり大きかったようです。

隕石が落下した10月4日午後9時ごろは、中国でも公開され大ヒットとなった映画『君の名は。』の劇中で隕石が落下した日付・時間帯と、偶然にも一致。そのことも中国では大きな話題となりました。

筆者はおよそ30年の間、中国奥地での動植物の撮影・調査に携わっています。中でもこのシャングリラ周辺は、他の地域では見ることのできない魅力的な生物相を持っており、メインフィールドの一つとして通いつめてきました。

シャングリラ市郊外の牧草地帯(写真は全て筆者撮影)

シャングリラ一帯は、アジアの4大河(黄河、長江、メコン川、サルウィン川)の上流域であり(「三江併流」として世界遺産に登録されています)、さらに雲南北部-四川西部-チベット東部に至る「大シャングリラ」地域からは、8つもの大河が源を発し、アジアのほぼ全域を覆い尽くしています。まさに「アジアの母」ともいうべき場所なのです。

筆者の専門である生物地理学においても、シャングリラにはアジア各地の在来生物(日本固有種を含む)の祖先形質を残した種が数多く棲息し、特に蝶の分野では、筆者が約100年ぶりに棲息を確認した種や、初めて生態写真を撮影した種も少なからずあります。

筆者はたまたま、10月下旬に中国での拠点のひとつである広東省の地方都市・紹関市に渡り(中国へは今年7回目の渡航)、生物の撮影・調査を行う予定でした。しかし、シャングリラ近郊に落ちたという隕石の落下地点は特定されておらず、また日本はもちろん中国のマスコミも含めて、現地取材に入っている人はほとんどいない様子。それならば、調査のついでに隕石のことも調べてみようと思い立ちました。

 

いざ、シャングリラへ

とはいえ、シャングリラの位置する迪慶蔵族(デチェン・チベット族)自治州の面積は2万3870平方㎞、人口は36万人(ちなみに日本の四国は面積1万8300平方km、人口は約400万人)で、市街地以外は恐ろしいほどの人口過疎地域です。そう簡単に見つけられるとも思えません。

シャングリラへは、深圳(シンセン)を経由して空路で渡りました。筆者は基本的にどこでも薄着です。10月中旬でも気温30度近い深圳では、短パンとTシャツ一枚にサンダル履きでも問題なかったのですが、シャングリラの気温はすでに10度を下回っていました。

薄着では凍えるし、また隕石落下で当局が厳しい警戒態勢を敷いている可能性も高いので、あまりラフな格好だと怪しまれるかもしれません。そこで深圳のディスカウントショップ(日本で言えばドン・キホーテみたいなもの)で長ズボンとシャツを各2セット購入。ついでに、伸びていた髪もほとんど丸坊主に散髪しました。

現地で調査に協力してくれている中国人が事前にリサーチしてくれた情報によると、隕石の落下地点は、険しい雪山が集中する「シャングリラ大峡谷」のあたりと考えられるとのこと。とりあえず、そこを目指すしかなさそうです。

筆者はシャングリラをこれまで何十回と訪れていますが、初めて訪れた20年ほど前に比べれば、街は見違えるばかりの大都市に変貌しています。といっても高層ビルはほとんどなく、その発展は「漢民族が支配するチベット文化圏」に特有のもので、チベット独特の建築様式を残しながらも、中国的な近代都市へと変貌しつつあります。

シャングリラ市街地へ向かう

今も昔も変わらないのは、町中に溢れるパトカー・武装車両の多さ。一般の車両よりもパトカーのほうが多いのではないか、と言っても大袈裟ではないほどです。もちろん、チベット民族やウイグル民族に対する監視が目的でしょう。

市内中心部。チベット風の独特な建築が目を引く
巨大な仏塔型建築物
迪慶(デチェン)チベット族文化広場

今回シャングリラで宿泊したホテル(一泊80元=約1350円)は、シャングリラで最もよく知られた観光地となっている古城「独克宗古城(ドコゾグチャン)」の入り口近くのホテルでした。

余談ながらこの古城、もともと非常に小規模だったのですが、同じ雲南省で大人気の観光地「麗江古城」に追いつき追い越せと、この10年ほど必死で「新築の古城」を築いてきた経緯があります。しかし、ようやくサマになってきた矢先の2014年正月に、大火で全焼してしまいました。筆者が同年夏にシャングリラを訪れた際には、城だけでなく市内中心部が一面焼け野原で、「この街は終わった」と思ったほどでした。