菊地ひと美『廓の媚学』(講談社)より
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男目線の夢妄想を取り除いたら、遊郭は単なる「生き地獄」だった

R-18文学賞作家の胸を揺さぶるもの

NHKの人気番組『ブラタモリ』が吉原を特集、蜷川実花が艶やかに演出した映画『さくらん』が話題を呼ぶなど、「遊郭」に心惹かれる人は少なくない。そんななか、江戸時代の廓の仕組み、花魁との遊び方、遊女の「床技」を徹底図解した『廓の媚学』が読まれている。「女による女のためのR-18文学賞」受賞作家の蛭田亜紗子氏が、同書と、その舞台となった江戸時代の廓(くるわ)への思いを語った。

身上を潰しかねない遊び

私の最近の趣味はストリップ観劇である。

ストリップ劇場に通うようになって間もないころ、回転盆の上の踊り子さんに紙幣のチップを渡しているお客さんを見てぎょっとした。

一万円札だと早合点し、平日の昼過ぎにストリップ劇場で発泡酒片手にくつろいでいる年金生活者風のおじいさんが、こんなに派手にお金を遣って遊ぶのか……とおののいたのだ。だが、よく観察すると紙幣は千円札で、胸をなで下ろした。それどころか、ミネラルウォーターの500ミリペットボトル1本を差し入れするお客さんもよく見かける。

もちろん、ほかの客の眼に触れないところで高額なものを差し入れているひともいるだろうし、同性で「下心」を抱いていないはずの私だって、自分用には買わないようなデパートコスメを踊り子さんにプレゼントすることもある。

それでもやはり、夢中になったが最後、骨の髄までお金を巻き上げられて身上を潰す客も少なくなかった江戸時代の遊郭に比べれば、現代のストリップはつつましい遊びだと言えるだろう(ショーとして見せるだけの現代のストリップと、性交する遊郭を比較するのは間違っている気もするけれど)。

 

江戸後期の文政9(1826)年発行の『吉原細見』によると、最高位の花魁である「呼び出し昼三」と遊ぶ場合、揚げ代はお供である振袖新造の付き添い込みで金1両1分(約12万5000円)。ほかにも酒や仕出し料理の料金、遣り手や若い者への花代がかかり、さらに幇間や芸者を呼ぶとひと晩で100万から200万、あるいはもっと膨らむこともあった。

それだけ払っても、床入りできるのは、初会、裏を経て三度目の登楼で馴染みになったあと。このときには床花という祝儀がまた必要になる。さらに衣装代(馴染みの花魁だけでなく、振袖新造や禿といったお付きの少女たちの衣装まで)を負担することもあり、破滅と背中合わせの遊びだった。

衣裳デザイナーを経て、江戸衣装と暮らしを研究している菊池ひと美さんによる『廓の媚学』は、江戸時代の廓の仕組みを解説している本である。

『廓の媚学』書影菊地ひと美『廓の媚学』(講談社)

著者自身による浮世絵の模写のカラーイラストをふんだんに盛り込みながら、遊郭での遊びかた、妓楼の内部構造、遊女や妓楼の種類、客層、男をのぼせ上がらせる手練手管について、などを紹介している。ほどよいボリュームでまとめられているので、時代小説や落語や歌舞伎をより楽しむために遊郭の知識を得るにはぴったりだ。

当時の客でさえ、はじめて吉原をおとずれる際は『吉原大全』などのハウツー本で学習し、吉原に精通している知人に教えを乞うてから向かったほど、内々の決まりごとが多かった廓のシステム。

現代から見ると非常に入り組んでおり、「なんでそこまで」と不可解にすら思える仕組みを紐解いていくと、見えてくるのは江戸という時代が持つ意外なほどの息苦しさだ。大門とお歯黒どぶと塀に囲まれて自由に出入りできない吉原の廓が、まるで当時の社会の縮図のように思えてくる。