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「銃撃・放火」にも発展した京都駅前のあの土地が、ついに動いた

怨念もいつかは時が解消する

200億円とも300億円とも

外国人観光客の急増で古都・京都は、「国際観光都市」の名が泣くホテル不足に陥っている。解消のためにホテル建設計画が目白押しで、11月6日(月)にも京都駅前のホテル会場で、「京都七条ホテルプロジェクト近隣説明会」が開かれた。

まちづくり条例に基づく近隣説明会は当然の措置。ただ、JR京都駅のシンボル「京都タワー」を左に見ながら烏丸通りを直進、最初の信号を右折した一等地にある3300坪の一角に建てられる「京都七条ホテル」は、さまざまな人に「ようやく決着したか」という感慨を抱かせるものだった。

説明会で提示された設計図

ここは日本有数の「怨念の土地」といっていい。

かつて消費者金融トップだった武富士の武井保雄元会長が、再開発をもくろんで地元に影響力を持つ同和団体「崇仁協議会」と組んで地上げに入った。1985年頃のことだ。バブル時代に突入したこともあって、まさに湯水のごとく武富士マネーが投じられた。

それが各種の対立抗争につながる。崇仁協議会役員が白昼、路上で射殺され、地元暴力団幹部が逮捕される。また、崇仁協議会委員長宅への銃撃や放火が相次ぎ、別の同会幹部宅にも銃弾が打ち込まれた。地上げに関するトラブルから不動産会社社長が、信号待ちの車内でバイクに乗った2人組に銃撃され、殺害された事件もあった。

 

地元不動産業界で「材木町物件」と呼ばれる一団の土地は、行政と同和団体と暴力団が複雑に絡み合う京都独自の複雑さの象徴で、しかも抗争の激しさから全国的にも著名な物件となった。私自身、この物件に関しては何度も取材、記事にしたことがある。

武井氏は、武富士の株式を公開する直前の95年、材木町などを「委任の終了」という脱法的手法で、武富士に高値で買い取らせたが、この手法に疑問を感じた私は、京都に何度も通い、「材木町物件など一連の京都案件(ほかに四条河原町、北白川の2物件があった)は、武井ファミリー企業のもの」という証拠をつきつけ、記事化した。この件は、警視庁が武井氏の背任を疑って、一時期、内偵捜査したこともあった。

件の土地(現在は駐車場になっている)

その後も波乱は続く。土地は転々とし、何度も再開発計画が持ち上がったが、地上げに絡む複雑な権利関係が残っており、いずれも立ち消えとなった。その間、崇仁協議会がメガバンクに預金していた156億円が消失したとして、メガバンクに抗議活動を繰り返すなどのトラブルも発生した。

永遠の塩漬け案件か――。

誰もがそう認識していた物件が、昨年5月、京都不動産業界の有力者で北朝鮮系業者のA氏が土地をまとめて一本化、「売り意欲」を見せたことで、一気に動き出す。

「ホテルブーム、不動産ブームということもあって、不動産業者、デベロッパー、ホテル業者、ブローカーなどが大挙してA氏のもとを訪れるようになった。価格はどんどん上がり、A氏の買値は50億円前後だといわれているのに、100億、150億と吊り上り、200億円を超えて300億円か、という情報まで流れた。登場した業者は得体の知れないブローカーまで含めれば100以上。どんな話が出てきてもおかしくはない」(事情を知る不動産業者)