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「怖い絵」展開催までの悪戦苦闘

「プロジェクトX」ばりの裏話を明かす
中野 京子 プロフィール

一難去ってまた一難

極悪非道のわたしは「ジェーンが来ないなら『怖い絵』展はやらない」と告げ、追いつめられた藤本さんは、もし借りられなかったら失踪しようと思ったという。

この最悪の時期は、後からわかるのだが、三者三様に足掻いていた。藤本さんは「怖い絵」展というタイトルを下ろし、今集まっている作品で別の名の展覧会にしようかと岡本さんに相談。岡本さんはそれは絶対にだめだ、と答えたものの、内心で「怖い絵」とは付けてもサブ・タイトルに「19世紀におけるなんとかかんとか」と学術性を持たせようかと考えていた由。

私はといえば、KADOKAWAの担当、藤田有希子さんに、あまりに苦労が多いから展覧会はしたくないと愚痴をこぼし、いつも冷静な彼女を仰天させていた。師団がばらばらになりかけた時期とは言える。

 

しかしついにとうとうやっとこさっとこ、ロンドン側が契約書にサインしたのだった。夜に知らせを受けた藤本さんは(デスクの前で雄叫びをあげたという)喜び勇んでわたしに電話。

ところがわたしは「ああ、そうですか」と気の無い返事。傍から見ると全く人非人の所業だが、弁解させてもらうなら、呆然としてしまったのだ。これからものすごく大変なことになる。このプロジェクトが失敗したら、どれだけの人に迷惑をかけることか(そうなったらこっちまで失踪だ)、「怖い絵」展は怖い。恐怖で受話器を持つ手が無感覚になっていた。

ジェーン初来日が決まり準備佳境の開幕4ヵ月前、思いがけないボーナスがあった。フュースリ「夢魔」の小型ヴァージョン版の貸し出しにアメリカからすんなりOKが出たのだ。もうダメかと諦めていた岡本さんは、これに先立ち、せめてこの作品の当時の世界的影響力を知ってもらいたいと、私費で版画入り古書を2冊も購入してくれていた。何という熱意。彼が購入した古書も本展でガラス・ケース入りで展示してあるのでぜひ見てほしい。

ヘンリー・フューズリ 《夢魔》 1800-10年頃 油彩・カンヴァス ヴァッサー大学、フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター蔵 © Frances Lehman Loeb Art Center, Vassar College, Poughkeepsie, New York, Purchase, 1966.1

ついでながら岡本さんはキャッチコピーの才人で、以前の「だまし絵展」での「わが目を疑え!」もすごかったが、今回のジェーンの「どうして。」も彼の作品。まさにこれ以外に考えられない優れたコピーだと思う。