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男をやめた私だって「親になりたかった。自分の子供が欲しい」

性別の隙間から見た世界【11】
鈴木 信平 プロフィール

残り40年!?

先日、40才を少し過ぎた女性と二人で食事をした。言わずもがなの独身である。

お互いの近況を報告し合った後、最近考えて止まない「残りの時間」について話をした。

「現時点で半分。残りの40年をどう過ごす? しかも最初の10年は記憶がないし、次の10年は育てられながら夢ばかり見ていた。実質、自活できるようになって今の生活になってからの人生は、現時点で経過20年の残り40年。残数が実績の約2倍……」

「惰性で生きるには、長すぎる」

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拙著『男であれず、女になれない』の序章タイトルとなったこの言葉は、当然のこと今も生き続けている。

決して何もかもに絶望的で悲観的なわけではないけれど、シビアに考えたときに40年という数字は正直なところ重い。自分の人生の最優先事項が自分であり、自らの人生を投資する身近な対象がいないことは、紛れもなく残る人生を過ごすための困難を意味している。

人には家族ができ、私には今のところ兆候がない。私は自分の性に対して「宙ぶらりん」であることを回答として決着をつけ、友人は年齢と共に母親になるという願いを手放す準備をしている。

「失われてゆく性」に相応するだけの「役割」を、私たちは何も手にしてはいなかった。

若い頃には溢れるほどいた友人は、気づけばそれぞれに家族を持ち、人生のウェイトを家族に移していった。周囲に起こるこのトレンドは、これから10年、20年と続いて行く。

「孤独死など怖くない。怖いのは、孤独生だよ!」

余りある40年を前に、意見は見事に一致していた。

私は日本酒を、彼女は焼酎を、どれだけ重ねても残る40年の重みは、少しも軽くはならなかった。

 

幸せの形

私が涙ながらの一日を始めた理由を考えてみて、同僚の出産祝いへのカンパや友人の第3子出産報告が一週間の内に重なったことがあるのかもしれないと思った。週末に帰省した実家で甥っ子と姪っ子を預かり、とても楽しい時間を一緒に過ごしたことが影響しているのかもしれないとも考える。

自分の人間性に誓って本心から人の幸せを祝福してはいるけれど、その分だけ私にはないものへの羨ましさが募り、想いの叶わない自分を少しだけ嫌いになるのも事実。

その凹みから動き出すまでには、また少し時間を要す。前向きにことを考えて、今までよりも少し皮を厚くした理屈で自分を守っていく。

「幸せの形は一つじゃない」

ありふれた言葉を自分に言い聞かし、この手の中にあるものを一生懸命に数えている。今までに何度となく繰り返された、今の私だからこそ得られたものも少なくないと再確認する作業。

それでも、夢は何かと問われたら、きっと私は

「親になりたかった。自分の家族が欲しい」

と言い続けると思う。

私は、子どもを求めない人ではない。だから家族のあることを、子どものいることを、心の底から羨ましく思う。そうではない生き方を否定しているわけではなく、ただ明確に、家族があり、子どものいる人生を、私という個人は今も羨ましく思いながら生きている。

今までも、きっとこれからも、その都度、気持ちのぶり返しがあると思う。

けれども自分から遠ざけたくはないのだ。私の本心が願う「愛しい人生」を、自分にはなかっただけと理解して、やはり愛しいものとして、私は生き続けていたい。

そうすれば、いつの日か訪れるかもしれない母親が楽しみに待つような同窓会を、私もワクワクしていられるような人になれるかもしれない。本心さえ否定しなければ、「私として60年を生きた私」が、自分に自信を持てるかもしれない。

だから夢から続く涙は、私が私である証拠として、流れる限り流そうと思っている。

これは、人生に同性も異性も見つけることができなかった一人の人間が、自らの“性”を探し続ける、ある種の冒険記です。