photo by iStock
人口・少子高齢化 医療・健康・食 ライフ

男をやめた私だって「親になりたかった。自分の子供が欲しい」

性別の隙間から見た世界【11】

男性として生まれたものの自らの「性別」に違和感を覚え、同性愛、性同一性障害など、既存のセクシャルマイノリティへ居場所を求めるも適応には至らず、「男性器摘出」という道を選んだ鈴木信平さん。そんな鈴木さんが、「男であれず、女になれない」性別の隙間から見えた世界について描いていきます。今回は鈴木さんの「憧れの生活」について大いに語ります。

バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/shimpeisuzuki

溢れたもの

目が覚めたとき、目の周りが必要以上にグジュグジュになっていた。

一瞬、毎年訪れる秋花粉に酷く冒されたのかと思ったけれど、この状況は花粉ひとつで説明がつくものではなかった。

ならどうして?

私は泣いていた。

夢の中で心の限りに泣いて、夢の中に納まりきらなかった涙が現実にこぼれ出していた。まだ目も覚ましていないのに、自分の意志では我慢することが出来なかった涙と一緒になって一日は始まっていた。

 

夢に向かうのは、闘いか逃避か

何せ夢だから、現実的につじつまが合わないことは多い。更には夢の記憶をすべて現実に持ち帰ることはできないから、残念なことに確かに残っているのは、日常的に抱えないようにしている感情だけ。

そばにいたのは、4~5才の男の子だった。

いきさつはわからないけれど、私の隣には小さな男の子がいた。

その関係は家族のようで、歩くときには私の手の平を求め、座るときにはじゃれつく猫のように肌を寄せた。笑った顔を誰よりも先に私に向け、私たちはお互いが離れる時間を何よりも嫌っていた。

私はこの夢のような時間を失いたくないと思っていた。だから幾度となく、男の子に問い掛けていた。

photo by iStock

「本当にしんちゃん(私)と一緒に暮らしたい?」

目が覚めて冷静になれば、我が子でもないの幼い子どもに何を聞いているのかとも思うけれど、夢の中での私は、ただ男の子の本心だけを大事にしたいと思っていた。いや、自分の気持ちが片想いではないことを確認したかったのかもしれない。

私の問い掛けに、子どもは何度も力強く頷いた。

そして私をまるで本当の親のように求め、慕い、甘え、頼ってくれていた。

断片的に「私も親になることになった」と両親に報告した記憶が残っている。その報告に対して両親もとても喜んでいた。

自分の家族を持たず、実家も我が家とは言えなくなっていた私が、やっと一人前になれた気がした。
私の家族となる男の子がいてくれることで、私自身も両親や兄弟との距離が縮まったような気がした。

それまでは一人だった自分が、両親と兄弟とその家族、そして私と私の子どもの大家族になったような気がした。

家族を持つことはこんなに満ち足りた気持ちになるのだと、夢をかなえた幸せを実感していた。

次の記憶は、男の子がもう私の隣にはいない場面。
何をしても私には、男の子を手元に抱きしめておくことが許されなかった。

私は現実通りの私に戻っていた。

目を腫らして濡れた顔で、これほど最低な目覚めもないであろう気分のまま、私は夢のエンディングに続く一日を始めていた。