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なぜ安倍政権の「公文書隠し」は起きたのか、ゼロから解説する

森友・加計・PKO日報問題の本質
三木 由希子 プロフィール

本当に重要なことは「記録されない」

公文書管理法によって、行政機関の行政文書の管理は前進しており、まったく機能していないというわけではない。

特に、各行政機関は行政文書を勝手に廃棄できなくなり、歴史文書の移管義務が生じ、文書の作成義務が規定されたことで、何を文書として作成すべきかという議論が行われるようになった。

しかし、次のような課題が残る。

文書の取扱いは行政機関内で行われ外部からチェックが難しいこと、そして政府の活動を記録したものが行政文書であるので、政府が信頼に足りる仕事をしていないと、記録を残し管理・公開することにも消極的になり、説明責任を果たすに足りる行政文書の管理実態にならないことだ。

〔PHOTO〕gettyimages

加えて、政治のあり方も実は問題だ。総理大臣や官邸、大臣ほか政務は国会議員が占めるが、国会は公文書管理法も情報公開法も適用されず、議事録以外に立法調査に関する情報を管理・公開する規則もない。

また、例えば安全保障法制の法案提出前の各政党への説明や事前審査の記録を国家安全保障局は作成せず、特定秘密保護法案の時は内閣情報調査室が記録を作成していたが非公開となっている。

 

国会議員自身が、行政機関並みの説明責任が問われる法制度の適用を受けず、行政機関が記録をつくらず、非公開にすることで守られている。

このような状況のままでは政治家の公文書管理に対するリーダーシップはまったく説得力がなく、むしろ自らの都合で情報隠ぺいを促進しかねない。

公文書管理は行政機関の問題であるとともに、その上に立つ政治家の問題でもある。南スーダンPKO日報問題、森友学園問題、加計学園問題はそうした一面が露呈したものということもできる。

公文書管理は法制度を超える、政府や政治のあり方にかかわる問題でもあるのだ。