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神戸製鋼所を改ざんの巣窟にした「純日本型」不正のメカニズム

人間も企業も関係が過密だからこうなる

かつて、丸山眞男は、論文「超国家主義の論理と心理」でこう主張した。

ナチス・ドイツの指導者は、開戦への決断について明確な意識を持っていたのに対して、日本の場合、「我こそ戦争を起こした」という人物が見当たらず、何となく何物かに押されて、ずるずると国を挙げて突入していった。そして、日本の不幸は、まさにその意識・自覚をもたなかった点にある――。

これと同じことが、現代の日独企業の不祥事にも当てはまる。

2015年9月に発覚した、排出ガス規制の試験を潜り抜けるために特殊なソフトを搭載していたドイツのフォルクス・ワーゲン社の不正は、上層部の明確な意識のもとで行われた可能性が高い。

これに対し、神戸製鋼所の製品の品質数字改ざんや日産自動車の無資格者による検査などの不正は、明確な意識をもって指導した人物はいないように思える。「何となくそういう空気があった」という可能性が高い。

「明確な意識や自覚を持った首謀者がいない」点こそが、現代の日本企業の不正や不祥事をめぐる不思議である。これでは、だれも責任をとらない。また、明確な首謀者を対象として改正された最近のコーポレート・ガバナンス・システムも、役に立たない。

かくして、日本企業は失敗に学ぶことなく、同じ失敗を繰り返し、今後も繰り返されることになるだろう。この首謀者なき日本的不正の本質に迫ってみたい。

 

首謀者のいる不正なら対処できるが

従来の日本の企業不正は、損益計算書の内容を操作するというような、紙上での不正が中心であった。しかし、今回の神戸製鋼所の不正の場合、部材や材料をめぐる不正であり、日本の「ものづくり神話」を崩壊させるような大事件であった。

一般に、こうした日本企業の一連の不祥事において、経営者は非倫理的で、不道徳であり、非合理的で、馬鹿げているとみなされる傾向がある。しかし、日本企業の不正や不祥事の場合、経営陣も不正に気づかないケースが多い。つまり、明確な首謀者がいないのだ。

ドイツのように、明確な首謀者がいる場合、経済学やゲーム理論で扱われる「エージェンシー理論」を用いて状況を理論的に分析し、その企業不祥事をコーポレート・ガバナンスの問題として扱うことができる。そして、その後、首謀者を対象とするガバナンス制度を強化することによって、不正は抑止される可能性がある。

たとえば、エージェンシー理論ではこのような分析になる。プリンシパル(依頼人)を株主とし、エージェント(代理人)を経営者だとしよう。プリンシパルである株主は株価や配当に関心をもつが、エージェントである経営者は個人的役得に関心をもつかもしれない。それゆえ両者の利害は一致しない。また、株主は常に経営者を監視することはできないので、両者の間に「情報の非対称性」が成り立つことになる。

このようなエージェンシー関係のもとでは、経営者は株主の不備に付け込んで隠れて利己的利益を追求することが合理的となる。つまり、経営者は赤字を隠したり、隠れて無駄遣いしたりすることで利益を得ることができる。

理論的には、このような経営者の不正を抑止するために、株主と経営者の利害を一致させたり、両者の情報を対称化したりするなど、さまざまなコーポレート・ガバナンス制度を構築する必要があり、実際、構築されてきた。

しかし、日本の場合、このようなガバナンス制度によって、不正や不祥事は効果的に抑止できない可能性がある。なぜなら、日本の場合、その首謀者が明確ではないからである。