選挙 政局 週刊現代

「日本一選挙に強い」政治家・中村喜四郎という生き方

マスコミ嫌いの本人が重い口を開いた 
週刊現代 プロフィール

中村本人に問うた。

――選挙に勝つ極意は?

「初当選のときは、私は選挙区を細かく歩いて、10万軒訪ねた。後援会をつくるのは、政治家にとっていちばんの財産になると思って4年間やって勝ち抜いたんです。

基礎が大事というのはそのときに体で覚えた。今の人たちは、インターネットでホームページをやるとか、風に乗ればなんとかなると間違えて考える」

 

侍のような政治家

――中村さんの決起集会に並ぶ「為書き」は、各後援会のものだけですね。

「国会議員や首長、県会議員だのというのは飾らない。あえて、否定しているんです。みんなの士気を高揚させる『手作り選挙』というのが私の大切なキーワードです」

自民党で要職についていた中村は、なぜ無所属で出馬し続けるのか。

「'09年に『改革クラブ』に一時入党したのを契機に、自民党の会派に入ったこともある。

党本部も名誉復権を画策し、無所属のまま伊吹派(現・二階派)入りさせたり、森喜朗元首相が応援演説をしたりして秋波を送ったのですが、自民党茨城県連のドン・山口武平県議(当時)との長年の確執が尾を引き、復党が拒まれてきた。これが支援者の『判官贔屓』を生み、支援基盤をさらに強固にしてきた」(自民党関係者)

選挙区・茨城7区で、自民党が毎回中村に出している対抗馬は永岡桂子(今回は比例復活)だ。永岡事務所幹部は、「『西の竹下(登)、東の中村』と言われたくらい、選挙が強いからね」と言いつつ、こう悔しがるのだ。

「大臣までやった人が前科者だよ?後援会からお願いされても『私は引退します』と身を引く美学はないのか。かつて建設大臣として地元に利益をもたらした頃の友情や人情で、今も持っているんでしょう。

前科があって、仕事をしていないと言われているにもかかわらずだよ!それをも超える何かがあるんだよ!」

対立陣営をそこまでの思いにさせる中村は、ただの一匹狼ではない。過去3度の選挙で、公明党は自民の永岡ではなく、中村を推薦したのだ。

「公明党の山口那津男代表は、茨城で中村さんの中学校の後輩で頭が上がらないし、無所属候補は『比例は公明党』で呼びかけられるので都合がいい」(公明党関係者)

無所属で今は会派にも入らず、国会質問もしない――。選挙に強いとはいえ、なぜ議員を続けるのか。元代議士の米田建三はこう推測する。

「意地でしょう。プリンスとしての政治生命を絶つことになった日本国家に対する怨念と反発心が、政治家としてのエネルギーになっているのでは」

同じように逮捕経験のある元代議士の山口敏夫も同意する。

「俺にはとてもできないよ。人生のすべてを犠牲にして選挙に懸けるという執念だろうな」

中村は一貫して収賄容疑を否認した。'94年、国会会期中に逮捕されたときのことを前出の米田はよく覚えている。

「中村先生が、『国会の正面玄関で待っているから、堂々と逮捕しに来い』と啖呵を切った姿を見て、二世議員らしからぬ凄まじい人物だと思った。侍のような政治家だとね」

中村は東京地検特捜部の取り調べに完全黙秘。公判でもすべて否認し、有罪判決を受けた。

中村の兄・吉伸は言う。

「一番苦しかったのは、逮捕直前だと思います。金丸(信)さんは『お前のせいじゃない。俺がやったんだ』と言ってくれたが、それを止める勢力もあった。

刑務所を出た後、大量の中傷ビラが撒かれたなか、有権者に対して真実を話していこうという姿勢が通じた」

ある支持者はこう言う。

「先生には志と信念、正義感があるから、あの事件があっても後援会の多くは離反しなかった。中村先生の場合は、『党よりも人』なんだよ」