Photo by iStock
選挙 政局 週刊現代

「日本一選挙に強い」政治家・中村喜四郎という生き方

マスコミ嫌いの本人が重い口を開いた 
このエントリーをはてなブックマークに追加

国会議員も政治記者も「今、どうしてるんだろうね」と口を揃えるのがこの元建設大臣。今回の総選挙でも楽々当選した中村喜四郎が、「無所属」で孤塁を守り続けるのは、彼なりの信念があるようだ。

議員会館で見たことがない

「国会で発言しなければ、議員としての責任を果たせないかといったら、そうではない。群れると感性が鈍る」

本誌にこう語るのは、元建設大臣の中村喜四郎代議士(68歳)だ。

ゼネコン汚職で逮捕され、自民党離党から23年が経った。連続当選を重ね、今も無所属で衆議院議員を続ける中村は、大のメディア嫌いで知られ、実像を知る者は少ない。

「廊下で見かけたことすら何年もないよ。会期中以外は永田町に出てくることはない」(議員会館で同フロアの代議士)

全国紙のベテラン政治部記者も続ける。

「謎の存在です。20年間、本会議での発言はゼロ、質問主意書もゼロ、委員会では一度発言しただけ。何も発信をしていない以上、政治家としては無価値のように思えます」

 

中村喜四郎は、かつて自民党旧竹下派のホープだった。山崎拓・小泉純一郎・加藤紘一による「YKK」に加わり、「NYKK」と称したグループを作っていたこともある。山崎拓が回想する。

「加藤紘一さんが(経世会の)中村さんも仲間に入れたいと言いましてね。中村さんは政治センスもよかった。細川政権の成立でも、最初に細川擁立案を言い出したのは中村さんだったはずです」

'49年生まれの中村は、日大卒業後、田中角栄の秘書を経て'76年に衆議院議員に初当選。43歳の若さで建設大臣も務めた。

Photo by GettyImages

同じ竹下派にいた鈴木宗男が当時を回想する。

「一途な政治家でした。国対副委員長時代、暴れん坊・浜田幸一さんが国会運営の問題で迫ると『党の方針はこうだ!何を言うか』と毅然とした態度だった。まだ68歳の若さですか。あの事件さえなければね……」

総理候補の呼び声さえあった中村の人生を暗転させたのが、'94年のゼネコン汚職事件だった。斡旋収賄容疑で逮捕され、懲役1年6ヵ月の実刑判決を受けた。

「YKKにいた頃は明るくて開放的な人だったんですが、逆境を経て性格が変わったんじゃないか。殻に閉じこもってしまってね。自分を摘発した検察当局や、政界への反発がものすごくあったと思う」(前出・山崎)

記事をツイート 記事をシェア 記事をブックマーク