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残酷すぎるが言おう。9割の人は「成功の法則」をまちがえている

自己啓発を「科学」してわかること

次いで進化生物学者が、アリやハチなどの社会性昆虫がどのようなプログラムで行動しているかを数学的に記述できることを示すと、生き物に対する認識は根底から覆された。

生命は自然の神秘ではなく、コンピュータによってシミュレートできるのだ。

生き物の行動をプログラムとして解読する試みは、その後も野心的な生物学者たちに
よって昆虫から鳥や魚、哺乳類へと拡張していった。

そして1975年、エドワード・O・ウィルソンが大著『社会生物学』(新思索社)で、われわれが「人間性」と呼んでいるものも(アリやハチと同じように)進化と遺伝の枠組みのなかで理解できるはずだと書いた。

これが社会生物学論争という「文化戦争」を勃発させたのだが、当初は「現代の優生学」のレッテルを貼られて徹底的にバッシングされた進化生物学者たちは、膨大な証拠(エビデンス)を提出することで形勢を逆転し、20世紀末に論争はほぼ決着した。

これによって、ヒトの身体と同様に「こころ(脳)」も進化の産物として研究できるようになったのだ。

〔PHOTO〕iStock

21世紀に起きた「知のパラダイム転換」

21世紀を迎えると、進化がヒトの脳をどのようにプログラムしたかを解明する作業が、進化心理学、社会心理学、行動経済学などさまざまな学問分野で同時並行的に行なわれるようになる。

こうした研究を支えたのが脳科学の急速な進歩で、脳の活動を画像撮影することで、心理や意識を物理的な現象として理解することが可能になった。

それと同時に、コンピュータの処理能力の高速化は、複雑な社会現象をビッグデータを使って統計解析できるようにした。

これら一連の「知のパラダイム転換」によって、いまや経済学、社会学、心理学といった社会科学は自然科学に侵食され、融合しつつあるのだ―という話は、『「読まなくてもいい本」の読書案内』(筑摩書房)に書いた。

そうなると、「成功」や「幸福」など、これまで科学の領域とは考えられていなかった分野に続々とアカデミズムが進出するようになった。科学者(研究者)は真理を求めているが、それと同時に、研究費を獲得するには世間の注目が必要なのだ。

こうした傾向はアメリカに顕著で、いまや全米の一流大学で「成功哲学」が大真面目に研究されている。

バーカーの慧眼は、こうした学問の潮流を逆手にとって、さまざまな文献を渉猟し、巷間に流布している成功法則にエビデンスがあるかどうかを調べたことだ。

自己啓発本の大ベストセラーであるカーネギーの『人を動かす』やコヴィーの『7つの習慣』も、いまや科学のフレームワークで語ることができるようになったのだ。

 

こうした検証作業はたとえば、「強く願えば夢はかなう」かどうかを調べたニューヨーク大学心理学教授ガブリエル・エッティンゲンの実験によく現われている。

それによると、ヒトの脳はフィクションと現実を見分けることが不得意で、夢の実現を強く願うと、脳はすでに望みのものを手に入れたと勘違いして、努力するかわりにリラックスしてしまう。

ダイエット後のほっそりした姿を思い描いた女性は、ネガティブなイメージを浮かべた女性に比べて体重の減り方が10キロ(!)もすくなかった。成績でAをもらうことをイメージしている学生は、勉強時間が減って成績が落ちた。

自己啓発本の定番であるポジティブシンキングは、まさに「間違った木に向かって吠えている」のだ。

それに対して、願い(Wish)、成果(Outcome)、障害(Obstacle)、計画(Plan)をセットにした「WOOP」は夢を適切なシミュレーションにつなげ、活力を奪われることなく理想に向かっていくことができる。

しかしこの「成功法則」にも限界があって、非現実的な夢にはまったく役に立たないのだ。

現在では、アメリカの自己啓発本はエビデンスベースで(根拠を示して)書くことが常識になっている。日本は例によって「グローバルスタンダード」から大きく遅れているが、早晩、この流れに飲み込まれることはまちがいない。