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週刊現代

妻が明かす「永遠の少年」野坂昭如の素顔

こんなにオチャメだったなんて…
野坂暘子さん野坂暘子さん

「この夫にして、この妻あり」

―'15年12月に85歳で亡くなった作家・野坂昭如さんとの53年にわたる波乱万丈の夫婦生活を、ユーモアたっぷりに振り返った本書。『うそつき』というタイトルがとりわけ印象的です。

これは、野坂の葬儀で私がした挨拶からとった一言です。「うそつき、のんべえ、見栄っ張り……、まだまだあります、野坂昭如さん」と。聞いていた皆さんは、心の中で拍手なさったそうです(笑)。

でも、決して責めているだけではありません。

「楽しかったわね、でもまだふたりでしなくちゃいけないことがたくさんあったでしょ、あなた、約束したじゃない」という、私なりの精一杯の惜別を込めた一言が、この「うそつき」なんです。

―昭如さんは、質屋に犬をあずけようとしたり、自分が嫌いなゴルフを始めた暘子さんへのイヤミとして、庭に突然バンカーをこさえてみたり。抱腹絶倒のエピソードに満ちていますが、真横で連れ添った暘子さんからすれば、たまったものではなかったのでは……。

もう、年がら年中喧嘩してたんですから(笑)。

 

今も忘れない、ある朝、編集者の方が原稿の催促にウチへ来た日のこと。ドアを開けた私は、ひたすら平謝りしていたのですが、編集者の肩越しにふと犬小屋を見ると、当時飼っていたハスキー犬と、身を隠した野坂が顔をくっつけて、こちらを「ジーッ」と見ていたんです。私は思わず、吹き出してしまって(笑)。神妙なお詫びを申し上げながら、ついつい泣き笑いしてしまいました。

―突飛すぎる野坂さんの行動に時に面食らい、時には怒りながらも、どこかでそれを楽しんでいる暘子さん。いい意味で「この夫にして、この妻あり」という雰囲気が、本の端々から伝わってきます。

野坂との会話は、娘たちから「まるでコントだよね」とよく笑われたものです。あるとき、また喧嘩をして、私が「離婚しましょう」とパッとドアを閉めて二、三歩。そうだ、忘れてたと、引き返して「ところでお昼のことだけど、おうどんがいい? お素麺にする?」って尋ねたんです。向こうは面食らって、「今、離婚の話じゃなかったの?」と。「さっきの話はもう過去のこと、終わり! うどんなの? お素麺なの?」「……お、お素麺で」。喧嘩はいつも私の独り相撲で、彼とのやりとりは、いつもこんな調子でした。

この本の扉に入れた、逆立ちをして人を食ったようにニヤッとしている野坂と、その横で笑っている私が写っている写真は、私たちの関係がよくあらわれている気がして、お気に入りの一枚です。

「ハイッ、38でありますッ」

―どこか振り切れたように「型破り」な行動に全力を注ぐ野坂さんですが、その奔放さの裏に生涯秘めていた「哀しみ」にさりげなく触れた部分には、胸を打たれました。

神戸大空襲で野坂の養父は爆弾の直撃を受けて亡くなり、養母は大火傷。生まれ育った家は一瞬のうちに「屑かご」になった。すべてを失ったあの瞬間、野坂もまた、一度死んだのだと思います。それで、何をするにも「恐れ」を知らぬ人間になったのかもしれない。

でも、これはあくまで、私の想像に過ぎません。彼がどんな人生を送り、どんな気持ちを抱いてきたか。妻だからといってわかったように書くのは、彼に失礼な気がする。だから、彼の思いについて述べる時には、彼の著書の一文を引用するように心がけました。