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【本人インタビュー】小泉進次郎が総括する「自民党圧勝」の意味

密着ルポ・最終章

自民党の大勝に終わった第48回衆議院選挙。だが、「楽勝」ではなかったことは、当の自民党議員が一番よくわかっている。結果的にこの選挙を通じて最も注目を集めた小泉進次郎も、そのことを痛感している一人だ。

彼の選挙に密着したノンフィクションライターの常井健一氏が、彼の言葉と視点を通じて、今回の選挙を総括する。

進次郎でも食い止められなかったもの

小泉進次郎は総選挙で敗れた。

むろん、落選したのではない。自分自身に敗れたのだ。

新聞やテレビはしきりに「圧勝の主役」として持ち上げているが、地元・神奈川11区(横須賀市・三浦市)での獲得票数(154761票)は、2014年の前回より14192票も少ない。全国最多得票者の座から陥落し、得票率も5.3ポイント減らした。「自己ベスト」の得票だった2012年の前々回と比べれば、5年で3万票近くを失っている。

さらに、有権者の自民党離れも止まらなかった。

進次郎は今回もこれまで通り、公明党に推薦を求めず、自身のポスターや選挙カーには「比例代表も自民党へ」と明記した。だが、比例選の結果を見ると、横須賀市での自民党の得票は前回より5211票少ない76669票。三浦市のそれも前回比457票減の8198票に止まった。「小泉進次郎」と書いた有権者のうち、じつに6割しか自民党を応援していない計算になる。

 

前回の得票を上回り、全国最多得票の座を死守することが陣営内のコミットメント(必達目標)だった。テレビのワイドショーは選挙中に着ていたスカジャン(5万8000円)の売れ行きに注目し、根拠なき入閣説を説いているが、そういう足元の実態については報じていない。

小泉系の新人候補が現職を破った6月の横須賀市長選は、政治家・小泉進次郎の自力ではなく、自民党本部による異例の梃入れと約2万の公明票で辛勝した──という事実は、以前の記事(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53211)で詳説した通り。

謙虚な進次郎は、衆院選公示後に地元活動ができる日程をのべ1.5日確保した。のべ1日足らずだった前回よりも半日ほど増やしたということだ。全国69カ所(10月1~21日)を巡った応援行脚の最中にも、移動中の車内で携帯電話を握り、本人不在の地元演説会にサプライズ出演を続けた。

人知れず前回以上の選挙運動を展開した四世議員は、横須賀・三浦の両市長、3人の県会議員、16人の横須賀市議と5人の三浦市議らに担がれる「殿」を漫然と演じていたわけではなかった。それは、己の力不足と地元に残る「しこり」を意識していたからに他ならない。

12日間の選挙期間中で唯一、丸一日地元に張り付くことが許された10月17日、18時30分から横須賀市内で決起集会を開いた。「メディアの寵児」であるはずの進次郎は、会場からテレビカメラをシャットアウト。そんな席で父・純一郎の代から小泉陣営を陣頭指揮してきた自民党県連幹事長(神奈川県議)の竹内英明は、800人以上の支援者を前にこう発破をかけた。

「ボクらの目標は当選させることじゃないんです。全国で一番にしたいんです」

賛意を示す拍手が鳴り響く中、竹内の隣に立つ進次郎は紅い唇を真一文字に結んでいた。

続いて、選対幹部の横須賀市議が演壇に立った。彼はしゃがれ声で「今後の重要事項」として先述のコミットメントを提示した。

「前回の総選挙、この横須賀市では得票率84.37%、そして同じく比例代表では自民党の得票率44.4%。大きく差が開く結果となってしまいました。選対としては残り4日間、気を引き締めて戦っていかねばなりません。小選挙区は小泉進次郎、比例区は自民党。このように改めて、記入していただきますようお願い申し上げ、最後の徹底をお願いいたします」

1時間に及んだ集会で最後にマイクを握った「主役」は鬼気迫る表情で叫んだ。

「バカ野郎、大丈夫というのが一番ダメなんだ。選挙は『大丈夫』と言ったほうが負けなんだ。おまえ、絶対大丈夫と言うなよ。その言葉が出たら負けなんだ。大丈夫な選挙なんかないんだ」

祖父の代から小泉の選挙を支えてきた、古い後援者の遺言らしい。進次郎は選挙期間中に亡くなったその老兵が、病床で家族に飛ばしたという檄を涙ながらに諳んじて、こう続けた。

「うちのおじいちゃんも選挙に強くなかったし、うちのオヤジもはじめての選挙は落選だった。それを経験した代々支えてくれた支援者だから言えることですよ」

しかし、進次郎は4度目の当選を成し遂げながらも、支援者たちとの約束を果たせなかった。