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野球 週刊現代

広島・新井貴浩と阪神・新井良太、何が兄弟の命運を分けたのか

才能は弟が上、でも成功したのは兄だった

「素質は兄貴以上」――。プロ入り当初から期待をかけられてきた弟は兄を超える選手にはなれぬまま引退を決めた。通ったジムも大学も同じ。同じ球団でプレーもした。何が、二人の命運を分けたのか。

驚異的な身体能力

10月10日、阪神の今季最終戦の8回。新井良太(34歳)は打席でやや目をうるませながら、フーッと息を吐いた。4球目をフルスイングした打球は、大きな弧を描き、レフトのグラブに収まった。

甲子園、現役最後の打席に沸き起こる良太コール。ヘルメットを取りスタンドへ深々と頭を下げた良太は、ベンチへと走り去った――。

「この世界は、実力だけではなくて、運やタイミングの要素が大きいですからね。まだ34歳、もうちょっとやれる気もするんだけどね……」

野球評論家の眞弓明信氏が言う。

ドラフト4位で入団した中日では5年でわずか25安打と伸び悩んだ良太を、'10年にトレードで獲得したのが当時阪神監督の眞弓氏だった。

「中日は戦力として見ていなかったので、なかば自由契約のようなトレードでした。

しかし、間近で見てみると、パワーはもちろん、脚もなかなか速いし、肩も強い。これだけ素質のある選手が、なぜ出てこられなかったのかと、不思議に思ったのを覚えています」

良太は広島の強豪・広陵高校野球部の出身。3年時に4番・主将でセンバツに出場している。県立の工業高校出身で、甲子園出場経験は一度もない兄・貴浩とは対照的な表街道を歩んでいた。

新井兄弟をはじめ、現阪神監督の金本知憲など数多くのプロスポーツ選手が通う広島市内のジム「トレーニングクラブ・アスリート」を主宰する平岡洋二氏が言う。

「良太に初めて会ったのは中3の夏でしたが、身長こそ183cmと大きかったものの、線が細いしこれといった印象もなかった。

しかし、高3になって再び指導したときは驚きました。何よりも素晴らしかったのが脚筋力。160kgのバーベルを担ぎながら、スクワットを軽く10回以上もできるようになった。

ウチでトレーニングするプロ野球選手でも、同じことができるのは金本を含め、当時はほんの数人しかいなかった。通っているカープの選手たちからも、『本当に高校生か』『化けもんじゃ』と感嘆の声が上がるほどでした」

平岡氏は、良太に「お前はもし野球でダメでも、ほかの競技でも生きていける」と伝えたこともある。プロの目から見ても、良太の肉体に秘められた可能性は大きかった。

 

兄の母校、駒澤大学に進学すると、主砲としてリーグ歴代7位タイ(当時)となる通算14本塁打をマーク。'06年に中日にドラフト4位で入団した。

良太のプロ入りから遡ること7年、広島にドラフト6位で入団した兄・貴浩は、アマチュア時代にはまったく期待されない選手だった。前述のように甲子園への出場経験はなく、進学した駒大での通算本塁打もわずかに2本だけ。

スポーツ報知記者として半世紀近く広島担当を務めた駒沢悟氏が言う。

「貴浩は獲得候補にさえ名前のあがらない選手でした。当時の広島には、ヘッドコーチの大下剛史、そして、すでに将来の監督候補の呼び声が高かった野村謙二郎という駒大出身者がいた。

その縁で、駒大の監督が『なんとか貴浩を入れてやれないか』ともちかけた。プロに入れれば御の字というレベルだった」