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人口・少子高齢化 ライフ

性同一性障害は「障害」か、はたまた「個性」か?

性別の隙間から見た世界【10】

男性として生まれたものの自らの「性別」に違和感を覚え、同性愛、性同一性障害など、既存のセクシャルマイノリティへ居場所を求めるも適応には至らず、「男性器摘出」という道を選んだ鈴木信平さん。そんな鈴木さんが、「男であれず、女になれない」性別の隙間から見えた世界について描いていきます。今回は「個性」について大いに語ります。

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「無表情」は「能面」だけではない

アクション、リアクションの薄い人を前にすると不安になる。

楽しい話をしている時にも特に楽しそうな表情を見せず、悲しい話もしている時にも涙は見せない。良く言えば、終始落ち着いていると言えなくもないけれど、悪く言えば、相対する人を安心させ、幸せにする術には長けていない。

表現から感情を読み取りづらいことは、同じように心も動いていないのだと人に想像させ、結果的に負の形を作って相手に届く場合が少なくない。「無表情」がネガティブなイメージを抱え続ける原因だと思う。

逆に、アクションやリアクションが良い人を前にすると、人は自然と安心する。

 

自分の発した言葉によって相手の表情が変わることで、言葉が届き何かしらの影響を与えたことを実感するから、少し大げさに言えば自分を肯定されたように思う。

人の心を掴むことが上手な人は、少なからずこの能力に長けている人だと思う。そして社会においては、コミュニケーションが上手な人として、とてもポジティブなイメージに捉えられている。

それでも、すべてがこの限りではないことは、誰もが知っていること。

寡黙な僧侶が発する一言には誰もが聞き耳を立て、受け取るそれぞれが能力の限りを駆使して一言の深みや重みを図ろうとする。もしこの僧侶が多弁であれば、間違いなく同じにはならない。

ホストクラブやキャバクラで発せられる商売上の気の利いた言葉たちも同じ。それこそプロの技として、求めている以上の言葉を返してくれるけれど、ふと冷静に財布の中身を見れば、裏に潜む計算高さと無責任さに気づく。決して人としての自己を肯定されたわけではない。

結局、一律に何がポジティブで何がネガティブなのかを、簡単に線引きして決めることはできない。

コミュニケーション能力が高いことは一つの価値ある技能ではあるけれど、逆に心中が何であれ相手を喜ばすことができるのだと思えば、「終始笑っているという無表情」と考えることだってできる。

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そんなことに思考を囚われたとき、何を信用すればいいのだろうと思って、最近になって一気に信用を失くした言葉の存在が思い浮かんだ。

「個性」

正直なところ、私にとって味方だと思っていたこの言葉は、ずっと笑っている無表情な言葉となった。