Photo by iStock
医療・健康・食 週刊現代

オーロラ輝子こと河合美智子「脳出血から生還して分かったこと」

結婚とは何か、夫婦とは何か 

病魔はある日突然やってきた。脳出血により、しゃべれなくなり、右半身には麻痺が残った。婚約者にも「もう結婚はしなくていいよ」と伝えた。それに対して返ってきた答えとは――。涙の「夫婦闘病記」。

二人で乗り越えよう

「最近は、周りの人に身体の状態を聞かれると『もう家事も普通にできますよ』と答えているんですが、夫が何でもやってくれているので、ほとんど家事はやっていません。申し訳なくて、洗い物と洗濯はやるようになりました」

こうノロケ半分に明るく笑うのは、女優の河合美智子(49歳)だ。

河合は14歳のときに相米慎二監督の『ションベン・ライダー』('83年)の主役に抜擢され、デビュー。'96年にはNHK朝ドラ『ふたりっ子』で演歌歌手・オーロラ輝子に扮し一躍人気者に。ドラマの役だったオーロラ輝子名で発売した『夫婦みち』は97万枚を売り上げ、翌年の紅白歌合戦にも出場した。

明るくて快活なイメージが強い女優だ。そんな彼女が病魔に襲われたのは2016年8月のこと。

「脳出血」だった――。

不幸中の幸いと言うべきか、出血量がそれほど多くなかったため、開頭手術は免れたが、右手と右足に麻痺が残り、リハビリを余儀なくされた。

闘病中の河合を支えたのが、現在の夫で当時交際していた峯村純一氏(49歳)だった。峯村氏は、大阪府出身で小劇場を中心に活動している俳優である。

二人が結婚したのは、河合が脳出血を発症したあとのこと。河合は麻痺が残る右手でゆっくりと婚姻届を記入し、今年の3月29日に二人で区役所に提出、晴れて夫婦となった。

「夫とは4年前に舞台で共演したことがきっかけでつき合い始めました。お互いに離婚を経験していて、籍は入れてなかったのですが、3年半も一緒に住んでいたので、ゆくゆくは結婚するつもりでした。でもその途中で私が倒れてしまって……。

脳出血を起こした直後、私自身はよく覚えてないんですけど、何度か夫に『こんなことになっちゃったし、結婚はしなくていいよ』と言っていたそうです」

それに対し、峯村氏はこう答えた。

「何を言うとんねん。『壁にブチ当たったら、しめたと思え』やな。何とかなる。大丈夫や」――。

峯村氏が振り返る。

「『いまの状態がゼロなんだから、ここからスタートしていこう』みたいな感じでしたね。損傷を受けたのが脳だったので、うまく話せないし、身体も動かない。全力で僕を頼る彼女が、まるで赤ん坊のように見えて。なんとしても二人でこの壁を乗り越えるぞ、と」

 

もともと河合は血圧が高めだったという。

「私は塩が好きなので、何にでも雪のように塩をかけて食べていました。お酒も大好きで遅くまで飲むこともしばしば。それもあって血圧は高めで、上が150ぐらい、下も100ぐらいあったんです。でも、まだ30代だったので、とくに薬も飲んでいませんでした。

さらに昨年の2月、映画『ママ、ごはんまだ?』のロケで台湾に行ったとき、水に墨を落としたようなシミが目の中に出たのです。不安で病院には行ったのですが、眼科を受診してしまって。検査結果は異常なしでした」

河合が脳出血で倒れたのは、その半年後だった。

「知り合いの映画監督から、『稽古を見に来ないか』と誘われ、車で渋谷区にある稽古場に向かいました。到着したのは午後7時ごろ。二つコインパーキングが空いていたので、料金が安いほうに車を入れようと思ったのですが、本当に簡単な計算ができず『どっちでもいいや』と、停めてしまいました。

いま思えば、そのときすでに出血が始まっていたんだと思います。車のカギを閉め忘れ、財布も助手席に置きっぱなしだったみたいで、ありえないことがいっぱい起こっていた」

新生・ブルーバックス誕生!