スポーツプレミア

アイアンマンハワイが、人を惹きつける理由

どうやらまたコナ熱にうなされそうで

10月はスポーツの秋だが、トライアスロン界にとっての頂点であるハワイ島のコナで開催される「Ironman Hawaii World Championship」の季節でもある。2000年シドニーオリンピックから正式種目となり、今ではすっかりオリンピックスポーツとして定着しているが、業界内ではやはりコナが中心に回っている。

(選手たちも凄いが応援も熱い)

例えるならば、テニスのウインブルドンのようなものだろうか。スポーツとしてもちろんオリンピックは注目される大切なレースだが、業界内で最も重要視されるクラッシックな大会。だから業界メディアもメーカーもこのレースを中心に動いている。
 
誤解しないでもらいたい。けっしてオリンピックを否定しているのではなく、そのスポーツを構築してきたアイデンティティのようなものがどんなスポーツにもあるということ。ゴルフのオーガスタや、サッカーのワールドカップなど、そのスポーツ独特のものが息づいているということだ。これを否定する必要はないし、それぞれを大切にすることでそのスポーツの歴史や伝統に敬意を払うことになると思う。
 
さて、このアイアンマンハワイ(通称:コナ)が人を惹きつける理由とは何だろう。僕も長くこの業界にいるがそれを明確に答えられていなかった。今年は久しぶりにレースに出場することなく、会議のみだったのであらためてじっくりと観戦しながら考えてみた。

もちろん長い歴史はあるだろう。40年という歴史に異論を唱えるものはいない。ただそれだけではこれだけ人を惹きつけることはない。世界中のトライアスリートが人生をかけてこのレースを目指すのだ。もっと深いものがあるはず……。
 

(スタートを待つ選手たち)

今年も暑い日差しが照り付ける中を、海での3.8kmのスイムを終えた選手たちが、コナコーストをバイクで駆け抜ける。トッププロの人間離れしたスピードに感心させられるのはもちろんだが、その後にやってくる年齢別の選手の姿にも心打たれる。おそらく彼らも、自らの人生において、このレースのために多くの犠牲を払って日々努力してきたのだろう。

そんな思いの集大成が走る姿からにじみ出ているようだ。この大会に出るには、世界中で開催されているアイアンマンで、各年齢別カテゴリーで上位に入る必要がある。国籍、性別、社会的立場、家庭、置かれている立場はそれぞれ違っても、出場が簡単でないのは世界中のトライアスリートなら誰もが知っている。だからこそ、応援しながら心を動かされるし、走っている時のオーラも違うのだろう。
 

人を惹きつけるコナの魅力

そうか、このレースが凄いのは年齢別があるからだ。人間の限界に挑戦するプロ選手も素晴らしいが、それぞれの世代の代表が人生をかけて戦う場所。これは他のレース、他のスポーツにはないケース。そんなところが皆の魂に訴えかけてくるのかもしれない。特別ではない、同じような立場、同じような世代の人が自分自身に挑戦する姿。これこそがコナの魅力なのだ。
 
84歳のトライアスリート稲田弘氏は、「コナのために毎日を過ごしている」と語っている。ここで走るために日々練習をし、日々食事をして、日々眠りにつく。僕たちにとって尊敬する人生の先輩ではあるが、トライアスリート仲間でもある。そんな仲間がいることの重要性も彼はきちんと把握して人生をコナにそそぐ。その稲田氏も今年はフィニッシュにたどり着けなかった。

体調が良かったのに、ペース配分を見誤ったのか、条件が厳しかったのか……。それでもその日のうちに来年に向けてチャレンジすると決意を新たにした。あまりにやる気に満ち溢れた連絡をもらったので「まずは休みましょう」と諭したくらいだ。彼のモチベーションは枯れることがないし、だからこそエネルギーがみなぎっている。
 

(ヤン・フロデノ選手の力ないフィニッシュ。それでも最後まで走り切った)

北京オリンピック金メダリストで、コナで2連覇していたヤン・フロデノ選手。今年も優勝候補の筆頭だったが、ランニング中に体のトラブルで動けなくなってしまう。彼のレースはこれで終わったし、レースは止めるものだと思われていたが……。なんと、その後歩き出してフィニッシュを目指したのである。

輝かしい経歴を持つ彼が、入賞圏外に下がり、上位の可能性もほぼ潰えた中でレースを続ける必要があるのか。誰もが目を疑った彼は最後まで走り切った。たまたまそのフィニッシュに居合わせたのだが、憔悴しきった表情に笑みを浮かべて観客の声援に応える姿が印象的であった。なにが彼を走らせたのか。本人には確認できなかった。ただ僕はあの表情から理由は「コナだったから」と信じて疑わない。彼にとってもコナは特別だったのだ。
 
コナはトライアスロンにとってスペシャルだ。それはレベルの問題ではない。稲田氏やフロデノ選手の姿を見ながらあらためてそう確信した。世界中の人の人生を狂わせる、いやドライブさせるレース。だからこそ、この業界を象徴する大会なのであろう。あらためて、このレースに一部でも関わっていることの幸せを感じずにはいられない。

どうやら、またまたコナ熱にうなされて帰国することになってしまった。