北朝鮮 公安警察 インテリジェンス

日本から姿を消した「北朝鮮工作員」が、騙した「妻」に贈った小包

私が出会った北朝鮮工作員たち 第3回
竹内 明 プロフィール

実は、この朴こそ、「松田忠夫」を名乗り、日本人の女と同棲して、3人の子供の父親を演じていた男だった。まじめな社員でよき父親である一方、相手の家族を人質に高圧的な口調で迫ってみせる二面性。北朝鮮から送り込まれた工作員なのは明らかだった。

金は朴の指示で、石川県羽根海岸から白い高速船に乗った。到着したのは北朝鮮だ。平壌郊外の「招待所」と呼ばれる施設で、半年間、工作員訓練を受けた。

押し隠しても、無理やり工作員に仕立て上げられていくことへの不満が、にじみ出ていたのだろうか。ある日、朴が平壌にやってきて、金をこう叱りつけた。

「おまえは受講態度が悪い。推薦者である俺の体面を汚すな」

 

金は訓練を終え、羽根海岸に戻った。以後は「補助工作員」として朴に従う。そして、その工作活動を目の当たりにすることになる。

「本物が日本にいてはマズい…北に送れ」

やがて本国から金に直接指令が飛んできた。「A3放送」と呼ばれる暗号放送だ。

深夜、ラジオのダイヤルを4メガヘルツか、5メガヘルツ帯の短波に合わせると、朝鮮語で5桁の数字が読み上げられる。乱数表で解読するとこう書かれていた。

「朴の周辺を敵がかぎ回っていないか点検せよ」
「敵の動きがおかしい。活動を控えよ」

「敵」というのは、公安警察を指していた。金は朴の防衛役だった。

朴は東京・山谷に出入りしていた。そこで行き倒れていた小熊和也さんを発見、病院に入院させて、親しくなった。補助工作員となった金は、朴に付き添って小熊さんの実家がある福島県に行き、両親に会った。朴はこう言った。

「私は東京で船会社を経営していて、息子さんに働いてもらっている。息子さんの戸籍が福島県にあると不便なので、東京に移してもらいたい」

こうして「小熊和也」という人物の戸籍は東京に移った。

朴はその戸籍謄本を使って、旅券と運転免許を取得してしまう。もちろん写真は朴のものだ。朴は、金にこういった。

「本物が日本にいてはマズい。小熊を本国へ送れ

だがこの計画はうまくいかなかった。北へ連れて行く前に、小熊さんが病気で死亡、死亡届が出てしまったのである。

朴は新たな身分獲得に動いた。それが昭和36年頃から行方不明になっていた日本人「小住健蔵」さんの身分である。

朴は北海道にあった小住さんの戸籍を、東京・足立区に移し、「小住健蔵」名で再び旅券と運転免許を取得した。

[写真]警察が当時公開した「小住健蔵」名義の運転免許証。写真は工作員・朴のものだ警察が当時公開した「小住健蔵」名義の運転免許証。写真は工作員・朴のものだ
[写真]警察が当時公開した「小住健蔵」名義のパスポート警察が当時公開した「小住健蔵」名義のパスポート

戸籍移転の事実を知った小住さんの姉と妹が電話番号を調べて、電話をかけてきたことがあった。応対した朴は、電話口でこう言ったという。

「小住さんはいま、麻雀にでかけている」

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