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「遺伝子のゴミ」が人類の秘密を解明する可能性

『ホンマでっかTV』の小林先生が解説

サルとヒトで遺伝子はほとんど同じなのに、なぜ見た目はこんなにも違うのか?――この謎を解く鍵として「非コードDNA」という従来は“ゴミ”とされてきたDNAに注目が集まっている。いままでゴミ扱いされていた意味のないDNAは、私たち生命にどんな進化をもたらしてきたのか? 『DNAの98%は謎 生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か』の著者、日本遺伝学会会長の小林武彦氏が特別寄稿。

98%も「不要」なものって!?

あなたの体で無駄な部分はありますか?

私の場合はお腹についた脂肪くらいで、他の部分はないと困るところばかりです。髪の毛はだいぶ薄くなってきましたが、別に要らないわけではありません。「日除け」としても働いているし、全部なくなると冬はおそらく寒いです。

ご存知のように生物は、かつては燃える岩の塊だった原始の地球から自然発生的に誕生しました。当初は単純な1つの細胞でしたが、その後長い時間をかけて進化し、私たち人類も含めた多くの「種」が登場しました。

進化の法則によると、「個体」のレベルでは環境に適応できたものは生き残り、そうでないものは絶滅していきます。これを「個体」を形作る「器官」のレベルで見ていくと、進化に合わせて必要なものは「発達」し不要なものは「退化」していくということになります。

 

この法則からすれば、私たちの体の中には不要なものなどあるはずがないということになります。不要なものは、とっくのむかしに退化して無くなっているはずです。

ところが、私たちの体の中には、なんとその98%も「不要」と思われていたものがあるのはご存知でしょうか?

98%もいらないのならばいっそ100%、つまり全くなくても良さそうなものですが、それは絶対無理なのです。なぜならその残りの2%は、生命の設計図であり、間違いなく地球上で最も重要な情報、「遺伝子」だからです。

この遺伝子の情報を記録するゲノム(全遺伝情報)の98%もの領域が、実際には遺伝子の情報を含まない「不要」なものだと考えられていました。

1953年にワトソンとクリックがDNA(デオキシリボ核酸)という物質によって形作られる2重らせん構造を発見して以来、遺伝子に対する興味と理解が飛躍的に高まりました。

それまで漠然と捉えていた親から子へ伝わる「何か」が、「物」つまりゲノムDNAだと明らかになったわけです。それから60余年が経ち、遺伝子に対する研究は、革命的な速さで進みました。

今では、遺伝子検査なるものが登場して、幾つかの体質や将来の病気のリスクなどを「教えて」くれるまでになりました(実は科学的根拠のうすいものも結構ありますが)。このまま進めば、ヒトをはじめとする生物の理解がどんどん進み、病気の予防や遺伝子治療などが、次々に発展すると思われます。

ところが、新たな謎も登場しました。実はゲノムの98%は「遺伝子」の情報を持たない、いわば「意味のない無駄な情報」だということです。ゲノムは遺伝子の情報を記録するいわば生命の設計図だと考えられていたので、遺伝子の情報がない領域は「無駄」というわけです。かつて、生物学者はこの領域のことを、「ジャンク(ゴミ)」と呼んだりしました。

しかし、これは本当にゴミなのでしょうか? 生物はこんな無駄を許すのでしょうか?

実はこのジャンク領域、正式には「非コードDNA領域」と呼ばれますが、これこそが生命を誕生させ、ヒトをヒトたらしめた進化の原動力として働いた重要な装置であることがわかってきました。

なぜヒトだけが知性を備えるようになったか

例えばヒトの脳は他の霊長類(サルの仲間)に比べて非常に大きいです。この原因の1つは興味深いことにあごの筋肉が弱められたことによります。

その原因は、過去にさかのぼって見てきたわけではないので絶対にそうだというわけではないのですが、非コードDNAの作用によって徐々に筋肉の遺伝子が壊されていったと考えられます。筋肉の減少はあごを小さくし、その分頭蓋骨が大きくなりました。

また、知性に関わる大脳皮質の発達も、神経の機能に関わる遺伝子のそばに偶然飛び込んだ非コードDNAが一因と考えられています。