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選挙

大隈重信に教わる「選挙に絶対勝つ方法」

ブラックボックスを壊した男

選挙は大隈に学べ!

いよいよ衆議院の総選挙の投票も数日後に迫ってきました。ふつう総選挙は国民に信を問うためにおこなわれるものですが、今回は大義なき解散でした。支持率の低下した安倍内閣が、有利なタイミングを見計らって打って出たとしか思えません。

ところがそこに、まさかの小池百合子都知事の登場。しかも、前原誠司代表が民進党を解党して小池の希望の党にこぞって合流させるという、これまたまさかの展開が……。さすがの安倍晋三首相も考えてもみなかった事態でしょう。

ところがどうしたわけか、小池氏は安保法制と改憲を踏み絵としてリベラル政治家を排除した。これにより希望の党人気は急落してしまいました。小池氏は、世論を読み間違えたと言わざるを得ません。議員を選別するなどという小池氏の傲慢な態度が、国民の強い反発をまねいたのです。

前回の都議選で、都民ファーストの会が大躍進をしたのは、小池氏がたった一人で大組織(自民党都連)に立ち向かう姿が都民の心を打ったのを忘れたのでしょうか。

今回、枝野幸男氏が立ち上げた立憲民主党に風が吹いていることを思えば、それがよく理解できますね。小池新党から容赦なく排除されたという哀れさが、国民の同情を大いに誘っているのでしょう。

世論を味方にできるかどうかが、選挙戦の勝敗を決定します。実はこうした状況は明治時代の後半から始まっており、それに最もたけていたのが大隈重信でした。

早稲田大学の大隈重信像 Photo by GettyImages

「応援演説」を発明したのも

大隈は早稲田大学の創設者として知られていますが、七十七歳のとき再び総理大臣に復帰し、翌年、総選挙に打って出ます。その際、彼が最大限活用したのが、早稲田大学の校友会が核になって設立された大隈伯後援会でした。

後援会の人びとは、大隈のために積極的に各地へ演説に出向いたり、資金を援助したりしました。財閥の三菱・三井などからも大隈のもとに多額の選挙資金が集まったといいます。つまり大隈には確固たる地盤があり、資金も潤沢だったのです。潤沢な資金と確固たる地盤がものをいうのは、現在の選挙とまったく同じです。

 

しかし、選挙に強かった理由はそれだけではありません。選挙戦において斬新な活動を展開したことに主因があるのです。

弁舌さわやかな大隈は、なんと、当時はまだ珍しかったレコードに自分の演説を録音し、それを候補者たちに配布し、街頭演説のさい、そのレコードをかけさせたのです。いまでいえばSNSを駆使して主張を拡散する選挙戦術とでもいえましょうか。

また、閣僚たちを引き連れて、精力的に仲間の候補者の応援演説にまわりました。今では党の要職にある政治家が全国に応援演説するのは当たり前の風景ですが、現職の首相が内閣総出で選挙応援にあたるというのは、このときがはじめてのことでした。つまり、大隈スタイルがいまに受け継がれているわけですね。

さらに驚きなのが、駅に車両が止まる数分の間に、列車に乗った大隈が窓からプラットホームにいる大衆に向かって、候補者の応援演説をおこなったことです。わずか数分間での演説で聴衆の心を引きつけたのですから、大隈の演説がいかに巧みだったかがわかりますね。

この様子は新聞にも写真入りで大々的に報道され、大きな話題になりました。新聞を通じてこうした演説のユニークさが全国に伝わることで、さらに大隈与党の知名度が増し、国民に彼の存在が浸透していったわけです。

マスコミの活用に関してもメディアで影響力のある人物と食事を頻繁にして、個人的に懐柔するどこかの政治家とはかなり違います。

つまり、レコードという最新のテクノロジーを導入する一方、自らが精力的に有権者にライブで訴えるどぶ板的活動も怠らず、しかもメディアを巻き込む。こうした斬新なパフォーマンス選挙戦術が、国民を大いに熱狂させ、大隈内閣を勝利に導いたのです。

新生・ブルーバックス誕生!