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経済・財政 脳科学

脳の科学と、今年のノーベル経済学賞の「意外な関係」

人間が心理的バイアスに影響される理由

ノーベル経済学賞のインパクト

2017年度のノーベル賞が先日発表された。神経内科医師としては医学生理学賞(体内時計の研究)も気になるところだ。だが今年については、診療の現場にも直結するテーマは「ノーベル経済学賞」だった。

受賞したのは米シカゴ大学のリチャード・セイラー博士。「行動経済学」の業績が評価されたのだ。行動経済学は、心理学と経済学をつなぐ融合的学問で、理論や数式だけではなく実験と観察に基づいて、現実社会での人間のふるまいを理解する新しい研究分野である。

臨床医であるとともに「神経経済学(ニューロエコノミクス)」を研究する神経科学者の端くれである私としては、この分野が注目されるのはうれしいニュースだ。

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セイラー博士の業績の最重要ポイント

行動経済学と診察室がどうつながるかを説明しよう。たとえば、あなたが診察室で医師から「肺がんなので、できるだけ早い手術が必要です」と告げられたとする。

「今手術をすれば悪いところをすべて切除できて、80パーセントの5年生存率でしょう」と言われれば、闘病への希望がわいてくるが、「手術したとしても、5人中1人はがんが再発して5年後には亡くなられます」との説明ならば、落ち込んで手術を受ける気力までそがれてしまう。

 

もちろん、この二つの説明は、パーセントと分数を計算して「合理的」に考えれば同じ内容のメッセージだ。だが、計算上は同じ数字であっても、伝え方によって心理的・感情的な意味は大きく違っている。

さらには、そのことによって、患者さんの意志決定がベストなものになるかどうかが左右される。同じ確率でも、人間は利益よりもリスクや損失を過剰に見積もる、というのは行動経済学の基本原理の一つだ。

わかりやすい医療現場の例を挙げたが、もちろん他の分野での意志決定にも人間の「非合理性」はつきものだ。人間には限界があって合理性をすべての場面で首尾一貫させることはできない。このことは「限定合理性」と呼ばれる見方だ。

セイラー博士の業績の最重要ポイントは、人間がものごとを判断するときには「非合理的」な心理的バイアスがあることを認めた上で、経済学の考え方を見直したり、政策を立案したりしなければ現実的でないということだ。

そんなことは当たり前と思うかもしれないが、そうではない。政治家が自分の名前をつけた経済政策(エコノミクス)を「○○○ミクス」と名付けたがるように、経済学は現実離れしたイデオロギー論争に走りがちなのである。