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オリンピック 国家・民族

2020年、格差拡大で「東京暴動」が起こるかもしれない

拭いきれない不安がつきまとう

ヒルビリーによる「イングランド暴動」は、ロンドンオリンピックの1年前に起きていた。そして、東京オリンピックを控えた日本でも、その恩恵など微塵も感じられないヒルビリーによって、ロンドンと同じような暴動がもたらされるのではないか……川崎大助氏が、ヒルビリー層をディープに分析する短期集中連載最終回!

【連載第4回】はこちら→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53074

ヒルビリーの「ビリー」とは何か

連載の締めくくりに、ここまでの記事で積み残した話題など拾いつつ、日本におけるヒルビリーの今後の動向について考えてみたい。

ところで、日本には「ヒルビリー・バップス」というバンドがいたことをご存知だろうか? 86年にメジャー・デビュー、忌野清志郎に楽曲提供も受けるなどした人気バンドだった。

ヴォーカリストの宮城宗典の急逝により活動はスローダウンしたものの、いまなお熱心なファンを抱える「ロカビリー」バンドだ。そう、ロカビリーの「ビリー」とは、ヒルビリー由来のものなのだ。

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エルヴィス・プレスリー登場の直前、ダンサブルなカントリー音楽の最新型こそが「ヒルビリー・バップ」だった。ここにR&Bの「黒っぽさ」を加えたのが、エルヴィスのロックンロールであり、それが「ロカビリー」つまり「ロックとヒルビリーの融合」となった。

ここの「ロック」とは、「白人のティーンエイジャーが好む、黒人のR&B」と言ったほどの意味だ。つまりヒルビリー・バップスは、ロカビリーの原形質とも言える音楽ジャンルをバンド名として掲げていたわけだ。こうしたセンスのよさも、彼らが愛されたポイントだった。

 

では、そもそもの「ビリー」とは、なにか? ヒルビリー(Hillbilly)の「ヒル」は、これはそのまま「丘」や「高地」という意味だ。18世紀にアメリカに移民してきたスコッチ・アイリッシュの人々が山地に住んだので「ヒル」がその呼び名についた。

だからつまり「ビリー」のほうが重要だ、ということになる。「アメリカの山に住む」前から彼らはビリーだった、ということになるのだから。

この「ビリー」とは、「オレンジ公」と呼ばれたイングランド王ウィリアム3世(1650年生まれ、1702年没)に由来する。英名「William」の愛称が「Billy」だからだ。

スコッチ・アイリッシュの人々はウィリアム3世が大好きで、多くの歌にしたほどだった。1690年、ボイン川の戦いで、ウィリアム3世自ら率いる軍がスチュワート朝のジェームズ2世の軍を撃破し、憎きカトリックの王家を倒してアイルランドを平定したからだ。

ウィリアム3世を英雄視する男たちは、オレンジ公にちなんで「オレンジメン(Orangemen)」あるいは「ビリー・ボーイズ(Billy Boys)」と呼ばれた。つまりヒルビリーとは「山に住むビリー・ボーイズ」という意味から生まれた言葉だ。そしてヒルビリーの祖先たちがなぜウィリアム3世を崇拝したのか、というと「恵まれていなかった」からだ

利用された「スコッチ・アイリッシュ」

日本ではときに誤解されるようだが、スコッチ・アイリッシュ、つまり「スコットランド系アイルランド人」は、一般的なアイルランド人と同様のカトリック教徒ではない人を指す。

元来の彼らは、長老派に属するプロテスタントとして、スコットランドに住んでいた。そして、カトリック教徒のジェームズ2世が父のチャールズ2世とともに、彼らを虐殺した。1680年から8年間の「殺戮時代」と呼ばれる宗教弾圧をおこなった。その恨みを晴らしてくれた英雄がウィリアム3世だったわけだ。

そしてそのスコットランドからアイルランドに移民がおこなわれた。これは今日のパレスチナのユダヤ人入植地や、戦前の日本の満州開拓民とも似ていた。長老会派の彼らが、アイルランドのアルスター地方に移住した。

つまり、近年に至るまでの北アイルランドにおけるプロテスタントとカトリックの血で血を洗う宿命の抗争の「最初の突端」として利用された者こそが「スコッチ・アイリッシュ」だったわけだ。