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医療・健康・食 現代新書

コーヒーはいつから「ウンチク」を語りたくなる飲み物になったのか

秘密は「情報のおいしさ」にアリ

世界中で愛され続けている飲み物コーヒーは、実はお茶やカカオなんかよりも、はるか昔に人類に発見されていたなんて説もあるほど、謎めいた深い歴史を持っているんです。「世界のコーヒーをナポレオンが変えた?」「東西冷戦とコーヒーの意外な関係」などなど、学校で習った歴史と意外なところでつながるコーヒーのユニークな世界史。無類のコーヒー好きで知られる医学博士、旦部幸博著『珈琲の世界史』のはじめにを特別公開!

歴史を知ればおいしさが変わる

ヒトが何かを食べるとき、その食べ物に込められた「物語」も一緒に味わっている──そんなセリフを聞いたことはないでしょうか。

コーヒーは、まさにその最たる例です。カップ一杯のコーヒーの中には、芳醇なロマンに満ちた「物語」の数々が溶け込んでいます。その液体を口にするとき──意識するしないにかかわらず──私たちは「物語」も同時に味わっているのです。コーヒーの歴史を知ることは、その「物語」を読み解くことに他なりません。

 

歴史のロマンを玩味するにせよ、知識欲の渇きを潤すにせよ、深く知れば知るほどに、味わいもまた深まるというもの。一杯のコーヒーに潜んだその歴史を、一緒に辿ってみましょう。

そう聞いて、ひょっとしたら「コーヒーは好きだけど、歴史自体にはそんなに興味はないから……」と尻込みしたり、なかには「歴史を知ったからといって、それに何の意味があるんだろう?」なんて思った方もいるかもしれません。

しかし、そこには知的好奇心を満たす以上の大きな価値があります……じつは、歴史を知っているのと知らないのとでは、コーヒーのおいしさの感じ方が違ってくるのです!

「まさか、いくらなんでも大げさだろう」と疑う人もいるでしょうから、試しにいくつか具体例を挙げて、ちょっとした思考実験(?)をしてみましょう。

例えば「モカ」というコーヒーの名前は、皆さんも聞いたことがあると思います。モカとは、もともとアラビア半島南端のイエメンにある港町の名前です。

17世紀、近くにあるイエメンやエチオピアの山地で収穫されたコーヒー豆がここからヨーロッパに輸出されたことで有名になった「コーヒー最古のブランド」で、以来、高級コーヒーの代名詞として高値で取引されつづけてきました。

19世紀前半に砂が堆積して廃港になった後も「モカ」はブランド名として残り、近隣の港から輸出されつづけて今日に至ります。昔から、良質なモカには「モカ香」という、赤ワインを思わせる上品な香味があると言われ、いつの時代の文献を見ても最高級品に位置づけられています。

ただ、どの時代にも「昔のモカはもっと素晴らしかった」と評する人がいるのが面白いところで、もしそれが──記憶の美化によるものではなく──本当のことなら、17世紀のモカはどれだけおいしかったのだろうと想像せずにはいられません。

また例えば「ゲイシャ」という変わった名前のコーヒーがあります。コーヒーの故郷であるエチオピア西南部の、ゲイシャ(またはゲシャ)という村で、1930年代に採取された野生種です。名前だけでなく香味も変わっていて、柑橘類やアールグレイ紅茶のような、コーヒーらしからぬ香りを持っています。

このゲイシャ、1963年にはパナマに持ち込まれましたが、その後は収穫性が高い他品種への植え替えが進んで忘れ去られていました。ところが2004年、農園の片隅に残っていたゲイシャの古木から採れたコーヒーをパナマのコンテストに出品したところ、個性的で上品な香りが高評を呼び、見事その年の1位に輝くとともに、それまでの最高落札価格の記録を塗り替えました。それ以降、他の国でも栽培されるようになった、現在もっとも注目されている品種です。

モカとゲイシャ、いわば「最古」と「最新」の、2つのコーヒーの来歴を簡単に説明してみました……どうでしょう、何となく興味が湧いて、飲みたくなったりはしなかったでしょうか。今後「モカ」や「ゲイシャ」と銘打たれたコーヒーを飲むときは、以前とは味や香りの感じ方が少し違ってくるはずです。