「次世代の希望に」日本空手界の顔が明かす東京五輪への思い

AYUMI UEKUSA

植草 歩

2017.11.04 Sat

メディアに露出する空手選手

2013年9月、2020年のオリンピック開催都市が東京に決まった。

長年、オリンピック種目に加わることを夢見ていた日本の空手界にとって、これは渡りに船の状況だった。空手発祥の日本の地での五輪開催となれば、追加種目に入る可能性も高まる——空手関係者の誰もがそう目論んでいた。

東京都渋谷区にある高栄警備保障の社長室には、14年に作成されたポスターが貼られている。

「2020年、私たちに空手着を着させて欲しい」

そんなキャッチコピーと共に、愛らしい笑顔で写っているのが当時、帝京大学の4年生だった植草歩だ。14年の全日本選手権2位で、世界選手権3位の実力者であった植草は、五輪追加種目を目指す空手界の広報大使的役割を担うことになったのである。

「大学に入学して間もない頃にも、(16年の)リオ五輪で空手競技が実施されるかもしれないと噂されていて、空手界が盛り上がっていた。その雰囲気を間近で感じていたんですけど、最終段階で漏れてしまった。

やっぱり、4年に一度のスポーツの祭典に加わることは、メジャー競技とは言えない空手界には大きなチャンス。その頃、メディアに露出する空手選手って、ほとんどいなかったんです。

オリンピックで空手の試合を見てもらえれば、必ずその面白さが伝わる。私も正式種目に向けて、できるだけ私も協力しようと思いました」

「そんなやり方で、日本一、世界一なんて絶対に無理!」

追加種目に向けて広報活動に努めながら、植草自身も「空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ」として注目され、メディアへの露出も増えていく。だが、葛藤もあった。

「私はまだ全日本選手権で優勝した経験がなく、正真正銘の日本一になっていなかった。それなのにポスターに起用され、私のキャラクターだけが注目される状況だった。テレビに出るだけのマスコットだと思われたくなかった」

帝京大学の4年生だった14年、植草は国内の学生の大会では無敵で、世界学生でも優勝した。しかし、年末の全日本選手権では決勝で敗れ2位に終わった。

翌15年、帝京大学を卒業しても、植草は母校で練習を続けていた。しかし、真の日本一となるためには、何かを変えなければならない——そう思っていた矢先、在学中に授業を受けていたフィジカルトレーナーと話す機会があった。現在まで続く同大ラグビー部の大学選手権8連覇を専属トレーナーとして支えている人物だ。

植草は悩みを打ち明けた。

「こんなに頑張っているのに、私には何が足りないんでしょうか……」(植草)
「何言ってんの? 足りないも何も、おまえ、ぜんぜん、クズだから」(トレーナー)
「えっ、私、クズですか?」(植草)
「だって、お菓子食べるでしょ?」(トレーナー)
「はい、食べます」(植草)
「ラグビー部でお菓子食べるヤツなんていないから。おまえは俺のところにトレーニングに来ても、週に一度か二度。来ない週だってある。そんなやり方で、日本一、世界一なんて絶対に無理!」(トレーナー)

厳しい現実を突きつけられた当時のやりとりを、植草はこう振り返る。

「私、大学時代はラグビー部を敵対視していたんです。だって私たち空手部も団体では日本一だし、私個人としては世界で3位になっているのに、大学ではラグビー部ばかりが注目され、メディアの露出も多いじゃないですか(笑)。

でも、ラグビー部はフィジカルトレーニングだけでなく、食事も栄養士さんがしっかり管理して、お米の量もグラム単位で計算して摂取していた。試合にも、自分たちのチームや対戦相手の動作解析、分析をして、臨む。

同じアスリートとして、いかに自分が中途半端な気持ちで取り組んでいるか、いかに未熟か、気付かされました」

腕には空手ナショナルチームのスポンサーロゴが並ぶ

小学生の憧れの存在に

高栄警備保障に所属することが決まった植草は、トレーナーとも正式に契約を結び、練習環境を整える中で、空手の稽古への取り組みも一変した。

そしてこの年の年末、全日本選手権を初制覇し、16年には世界選手権も初優勝。植草は名実共に日本空手界の顔となったのである。同年8月には、東京オリンピックの追加種目として、空手が採用されることも決まった。

「つい先日、小学生の全国大会に行ったんですけど、私を見つけた小学生の空手選手が集まっちゃって。収拾が付かなくなったんです。そういった経験は初めてでした。嬉しかったですね。自分が小学生の憧れの存在になれているわけですから。オリンピックで、金メダルが獲れたら、もっとすごいことになるのかな」

現在、25歳の植草は、平日は朝の7時に東京都新宿区の高栄警備保障に出社して社長秘書を務め、午後からは八王子市にある母校・帝京大学で練習する毎日を送る。しかし、五輪種目に決まってからは海外の大会も増え、合宿等で出社できない期間も長い。

「だからこそ、オンとオフの切り替えは大事にしています。休みの日は映画を観たり、買い物に行ったり。普通の25歳です」

日本の空手界に植草あり

166センチの身長は、日本の空手界では大柄だ。しかし、海外に行けば小さい部類に入る。

最重量の階級となる68キロ超級を戦う植草の得意技は「中段突き」。「相手の懐に飛び込まなければならないので、完璧に決まったら、『どやっ!』って気持ちになる」と植草は笑う。

「本当は上段蹴りのような派手な技も、かっこいいから繰り出したいんですけど海外の選手にはとどかないんですよね。背が高いし、自分の技量も足りないんです。現状に満足していたら、井の中の蛙ですから、これからチャレンジしていきたい」

もはや「空手界のきゃりーぱみゅぱみゅ」とは誰からも呼ばれない。2017年は国際大会でも好結果が続き、日本の空手界に植草あり——それを証明し続けている。

ただ空手が楽しかった少女時代、空手の厳しさを知った大学時代。そして、オリンピアンになることを目指す現在。

植草の挑戦は、20年の東京オリンピック、聖地・日本武道館で金メダルを獲得してこそ成就する。

(取材&文・柳川悠二/写真・飯本貴子)

(おわり)

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植草 歩(うえくさ あゆみ)

1992年生まれ。千葉県八街市出身。高栄警備保障(株)所属。2015年2016年と全日本選手権大会で優勝。第二のオリンピックと言われるワールドゲームズで帝京大学在学中の2013年に初優勝。2017年連覇。また、2016年には世界選手権で優勝と近年の大きなタイトルを制覇。現在、世界ランキング1位。