「もう辞めたい…」空手世界ランク1位・植草歩、屈辱と挫折の歴史

心も体力も技術もすべて足りなかった

AYUMI UEKUSA

植草 歩

2017.10.28 Sat

「歩は天才だねえ」

千葉県八街市出身の植草歩(25、高栄警備保障)が空手を始めたのは、小学3年生の時だった。

剛柔流国際勝正館八街道場の師範の持ったミットをめがけて突きを放つと、弾けるような乾いた音がして、それが心地よかった。

「他に小学校のクラブで陸上(短距離走、走り幅跳び)もやっていたんですけど、どちらかというと学校の友達と〝楽しくやるもの〟だった。対人競技の空手は〝勝つためにやるもの〟。取り組み方がぜんぜん、違いました」

小学校の授業が終わると陸上の練習に参加し、一度、自宅に戻ってから今度は空手の道場に行く。他にピアノや水泳の教室にも通った。小学生なりに、習い事に忙しい毎日を送っていたが、もっとも興味を引かれたのが空手だった。

「父も母も文化系なんですけど、母の家系に格闘技の選手が多かったんです。その血を引いたのかな」

道場に通う同年代の空手選手の中でもひときわ身体の大きな少女は、稽古に参加すれば師範に「正座が綺麗だねえ」「突きが上手だねえ」と褒められ、試合に出場して勝つことができたら「歩は天才だねえ」と讃えられた。

「師範には怒られた記憶がないです。たとえ試合に負けても、『歩は強いから負けたんだよ』って。今思うと、『?』なんですけど、身体が大きかった私は、突きや蹴りがどうしても相手に当たってしまって、反則を取られて負けることが多かったんです。それでも先生は褒めてくれた。そういう環境で、のびのび空手に励むことができました」

コンプレックスを武器にできた

2020年に開催される東京オリンピックの追加種目に決まった空手には、基本的な技の演舞で優劣を競う「形(かた)」と、1対1で技の優劣を競う「組手(くみて)」の2種の競技があり、植草がより打ち込んだのが対人競技となる組手だった。

相手の肉体に対する直接の攻撃は許されていないものの、定められた部位に、タイミングを見計らって素速く突きや蹴りを寸止めで打ち込んでいくのが醍醐味だ。

「個人それぞれの魅力、力強さ、スピード、しなやかさを表現する形には形の魅力があるし、人に感動を与えることができる競技です。一方、組手は相手がいないと成り立たない競技で、突きや蹴り、投げを使って、相手に勝たなければならない。

形と組手の両方やったんですけど、私には相手次第で戦い方を変えなければならない組手の方が向いていた」

いつしか千葉県で敵なしの空手選手となり、小学5年生の時に全国で3位となった。

「陸上も中学まで続けていましたが、頑張っても千葉県大会に出場できるぐらいのレベル。空手は日本一を目指せる。それで空手一本にしたんです。

私は身体が大きいのがコンプレックスだった。だけど、空手ではそのコンプレックスを武器にして戦うことができる。

高校(日体柏)に入学すると、本能で戦うだけでなく、考えながら戦う空手を教わりました。体調が悪くて、コンディションが良くなくても、勝つことができるように相手との駆け引きを学んだ」

屈辱と挫折「もう辞めたい…」

高校3年生の時にインターハイ女子個人組手で3位に入賞し、秋の国体で初めて日本一となった。

「私の中で、全国大会で活躍して、雑誌などに取り上げられて、たくさんの大学から推薦入学のお誘いがくる……自分の中で目指していたものを1つずつクリアしていくことで、現状に満足していました。

大学に関しては、体育の先生になりたいという夢が漠然とあったので、教職の免許も取得できる帝京大学の医療技術学部スポーツ医療学科トップアスリートコースに決めました」

空手界の名門としても知られる帝京大学では、入学間もない時期に、カルチャーショックを受けた。

「高校は空手界では無名高でしたし、仲間と和気藹々の雰囲気で空手をやっていた。帝京は、そこにいる全員が日本一、世界一を目指している『超強豪大学!』。練習の量も質も違って、屈辱と挫折を味わいました。心も、体力も、技術もすべてが私には足りなすぎて……」

すぐに逃げ出したくなった。高校の恩師に連絡を入れ、「辞めたい」と告げた。授業料などが免除となる特待生は、退部すると大学まで辞めなければならない。それは出身の高校の信用にもかかわる問題である。植草も反対されることを覚悟していた。

「それが引き留められなかったんです。その代わり、『仕事も探してやるから、スジだけは通せ』と言われて。それでもう一週間だけ頑張ってみようと思って練習に再び参加したんです。

辞めたがっている私を仲間もサポートしてくれて、『あと一週間だけ頑張ろう』というのを何度も繰り返す中、夏のインカレで2位になった。そのあたりから、空手で日本一、世界一を目指すのが楽しくなり、日に日に強くなっていくのが実感できましたね」

ちょうどその頃、2020年に東京で夏季オリンピックが開催されることが決まった。五輪種目を目指していた日本の空手界にあって、そのスポークスマン的役割を担うことになったのが、飛ぶ鳥を落とす勢いで実力をつけていた植草だった。

(取材&文・柳川悠二/写真・飯本貴子)

(つづく)

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植草 歩(うえくさ あゆみ)

1992年生まれ。千葉県八街市出身。高栄警備保障(株)所属。2015年2016年と全日本選手権大会で優勝。第二のオリンピックと言われるワールドゲームズで帝京大学在学中の2013年に初優勝。2017年連覇。また、2016年には世界選手権で優勝と近年の大きなタイトルを制覇。現在、世界ランキング1位。