燃え殻さんが90年代に「信じていたもの、失っていたもの」

7万部超え特別対談

WEB連載が書籍化され、発売からわずか3か月で7万部を突破した『ボクたちはみんな大人になれなかった』小説の舞台となるのは、90年代の渋谷だ。改めて燃え殻さんに聞いてみたい。あの時、燃え殻さんは何をみて、何を感じ、何を失ったのですか?と。

90年代は「消失感」からはじまった

――『ボクたちはみんな大人になれなかった』が発売されて3か月が経ちましたが、現在4刷7万4000部。朝日新聞の「売れてる本紹介」のコーナーや、速水健朗さんが「ツイッター発の本が売れている」という特集で紹介したのを筆頭に、各メディアがこの本を取り上げています。「燃え殻現象」というべきムーブメントが起こっているといってもいいんじゃないでしょうか。

細田 凄いですよね。どこの書店をのぞいても、山のように積んでありますから。

燃え殻 本当にありがたい話です。

――いろんな媒体で燃え殻さんのインタビューや対談を見ますが、少し肩の力を抜いた感じのお話を聞きたいなと思いまして…今日は構成作家で、10月10日に『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか』を出版された、細田昌志さんを聞き手にお迎えしました。

細田 私が小物代表です(笑)。もう気軽に声をかけられないですよ。そもそも彼は、「リツイート1回千円で売ってる」って噂があったくらい有名で、SNS上では英雄だったんですけど(笑)、さらにそこから一個上にいきましたよね。今は電車の中で中刷り広告見るたびに「よっ、燃え殻先生!」って心の中で声をかけてますよ。

燃え殻 ハンドルネームに「先生」付けるとバカ丸出しになりますね(笑)。

細田 そのうち彼が銀座で豪遊する昔の文豪みたいになったら、高信太郎みたいにヨイショしに行こうと思ってます(笑)。

 

──最初にお二人が会ったのは、2015年3月に後楽園ホールで行われた、安生洋二の引退試合ですよね。

細田 最初はそうでしたね。あのときは他にもいろんな人が一緒で、初対面同士の何人かでプロレスを観戦するという変な空気があって(笑)。その中に彼もいて僕もいたというだけで。

燃え殻 ありましたねー、安生洋二引退試合。その後の飲み会で、延々とUWFのことを話したのを覚えています。日本武道館の前田日明と高田延彦の試合で、なぜ高田が勝てたのか、とか(笑)。

細田 平日なのに朝4時まで飲みまして。それから時々恵比寿で飲んだり、彼の会社の人とかとも会ったりして。いつだか前には、その安生洋二が働いている用賀の居酒屋に行ったりもしたんですよ。また、安生が接客に向いてないんだこれが(笑)。

――お二人のお話を隣で聞いていると、高校時代からの先輩後輩のような関係に見えるんですが、出会ったのはわずか2年半前なんですよね。

細田 そんな意識はないんですけど、僕は構成作家という仕事をしながら、時々雑誌やウェブに原稿を書いて、さほど関心の持たれないノンフィクションをせっせと書いている。彼はテレビの美術製作をしていて、なおかつ僕が担当していた番組を作っていたこともあったりしつつ、それでカリスマ的な小説を書いていると。

読まれているものの反響は天と地くらいあるし、バックグラウンドを共有しているともそんなに思わないんだけど。ただ、年齢が2つ違いで近いということと、ともに青春時代が80年代後半から90年代前半だから、80年代後半からのバンドブームとか、アイドルブームとか、UWFとか、わりと似通ったところを通ってきたかなってのはありますね。

燃え殻 そういう意味では、確かに気を遣わなくていい年上の一人かもしれません、細田さんは。昔から、どちらかというと先輩に嫌われない方なんですよ。少し上の世代の人たちのカルチャーに興味があって、背伸びをする。で、ちょっと知ったようなことを語って、「いや、それは違うんだろ、お前。本当はこうだよ」と教えてもらう。そういうやり取りをする中で、どんどん打ち解けられるというか。そういうのが元来大好きだってのがあるんですけど。

細田 彼とUWFとかの話をしていると、多少彼の記憶違いがあって、僕は「記憶原理主義」なんでそういうのは許さない(笑)。それを指摘したら、うまく下について「え、そうなんですか!?」なんていう感じで乗せてくれるみたいな感じ。そういうのにコロリといった大物が「燃え殻親衛隊」を結成しているというわけです。みなさん気をつけましょうほんとに(笑)。

――『ボクたちは~』の舞台は、90年代の渋谷です。燃え殻さんはもともと横浜の育ちだから、その時代の東京を知っている。で、細田さんは鳥取出身で、一度大阪で過ごして、その後東京に出てきたんですよね。

細田 1994年の春ですね、僕が上京したのは。

―-この本を読んでいると、まだネットもなかった頃の時代の、人と人が口コミや想像でつながっていく様子がとても羨ましくて。この時代の空気や風景を、お二人に聞きたいなと思い、こうして対談をセッティングをしたわけです。

燃え殻 ようやく今回の対談の真意が分かりました(笑)。でも、僕にとって90年代東京は、そんなに華やかなものではなかったですよ。それはこの小説を読んでもらえばわかると思いますけど…。

僕が中学生から高校生の時に「女子大生ブーム」があったんですよ。バブル華やかなりし頃で、もういろんなところから「女子大生、女子大生」って言葉が聞こえてきた。それで、自分はそれなりに冴えない高校生活を送っていたんですが、これは高校を卒業すれば、とんでもなくエロい世界が待っているに違いない! と思っていたんですよ。だから、高校を卒業するのが楽しみで楽しみで。

細田 女子大生ブームの頃は、僕は鳥取にいましたけど、あんなド田舎でも鳥取大学の女子学生が、繁華街でブイブイいわしてる感じがありましたね(笑)。

燃え殻 ところがですよ、なんと高校を卒業するタイミングで、女子大生ブームが終わっちゃうんです。

替わって到来したのが「女子高生ブーム」ですよ。コギャルとか、ブルセラといった言葉に象徴されるように、高校生が価値を持つようになっちゃった。ポケベルなんかの新しい文化の担い手になったし、ブルセラとか援助交際とかが社会問題にもなるくらいで。

で、たぶん伝わらないと思うんですが、この喪失感ってすごいんですよ。別に自分が高校を卒業したら本当に女子大生と楽しいことができるか、というと、それは分からないんだけれど、これからようやくムーブメントの真っ只中にいける、世界の中心にいけるぞ! と期待をしながら生きてきたのに、いきなり世間のムーブメントの中心が、下に降りちゃった。なんでトレンドが下に行くんだよ! って、膝から崩れ落ちましたね。世の中に裏切られたというか、スカされた感じがするというか…。

細田 それは、ローキックをバンバン蹴られてて、「また次もローだろう」と思ってたら、ハイキックが飛んできて高田に倒された北尾状態だな(笑)。

燃え殻 そうなんですよ!つまり、僕の90年代はこの「消失感」から始まっているんですよね。平成が、消失感とともに始まっちゃった。言ってしまえば、そこからは消失感の連続で…。

新生・ブルーバックス誕生!