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小池都知事の「排除」も「寛容」も、まったく心に響かない単純な理由

リベラルと保守を理解していないので…
山口 真由 プロフィール

アメリカのリベラルは、日本と真逆の立場

ここまで述べてきたリベラルと保守の真髄には、人間をめぐる考え方の違いがある。

リベラルは「人間の理性」を絶対的に信じる。経済不況や格差は政府の積極的な介入によって解決し、野蛮な帝国は軍事介入によって折伏する。そうやって理性的な人間がコントロールできる領域を広げれば、多様な人間が共存できる理想的な社会ができ上がる。こうした一種の理想主義は、自然を耕し、従えるという発想につながる。

対する保守は、人間に対する深い懐疑がその源にある。荒野の開拓者を原風景とする彼らにとって、大いなる自然の前に人間はあまりにちっぽけだった。だから、彼らは自然を支配するなどというおこがましい発想を捨て、政府の介入は最小限にし、市場は自由競争に委ねようと考える。

そんなわけで、アメリカのリベラルは、憲法改正反対や原発再稼働反対を主張する日本のリベラルとは、真逆の立場をとる。

リベラル派の判事は、時代に合わなくなった憲法を解釈によって変更しようとするのが常だ。「解釈改憲は許されない!」と批判するのは、アメリカではなんと保守派の判事である。また、人間が自然をコントロールすべきとの発想から、アメリカのリベラルは原子力発電を人類の輝かしい到達点と考えている。

一方、日本では、戦後の「保守」「革新」という対立軸を離れ、「リベラル」の中身を定義しないまま言葉だけ輸入したために、混乱が起きた。今日に至るも、リベラルに分類される議員たちが「安倍憎し」以上の何を国民に伝えたいのか、ちっとも見えてこない。

公平のために付言しておくと、今日の事態を招いたのは、保守の側にも責任がある。内閣官房長官時代の安倍晋三氏が記した『美しい国へ』(文芸春秋、2006年)というきわめて評判の悪い本の中で、彼はドラマ「大草原の小さな家」を「古き良き時代のアメリカの理想の家族のイメージ」として、伝統的な家族の価値への回帰を目指したレーガン大統領の政策に同調している。

だが、安倍首相がアメリカの共和党と同じ「保守」思想を持っていると考えるのは、誤解だ。確かに、伝統を重んじるのが保守の立場だが、守るべき伝統が日本とアメリカではまったく異なることを忘れてはならない。アメリカの保守は、解釈改憲を容認しないし、原発も推進しない。

結局、日本では、リベラルも保守も、自らを定義する言葉の意味すらわかっていないというのが現実なのだ。

小池氏が目指すのは「私が輝く日本!」

さて、多少ややこしい話が長くなってしまったが、話を戻そう。

小池氏が自らと政策を異にする勢力を「排除」したこと自体は、別に批判されることでもない。政策を実現するために政党を作るならば、異なる政策を掲げる者と一緒に結党するほうがおかしい。安倍政権に「NO」と言うためだけに寄せ集まった、政策の一致を見ない野合の衆をもって「多様性のある集団」と主張したいなら、話は別だけれど。

細野豪志氏と若狭勝氏小池都知事を囲む、希望の党の細野豪志氏(左)と若狭勝氏 photo by gettyimages

政策が一致する者どうしで党を作りたいという正論を掲げる小池氏が、それでも批判されるのは、この人が政治的信条を持たない“カメレオン”なのだと、なんとなくみんなにわかってきてしまったからだろう。

「小池氏は、政策を異にする『リベラル』を排除したかったわけじゃなく、人気のない民進党をそのまま抱え込むと、希望の党が失速すると思ったからじゃないの?」「首相経験者とか自分よりも格上の目の上のタンコブが入り込むのを嫌っただけじゃないの?」という具合に。