週刊現代

85歳の曽野綾子さんが90歳の夫を在宅介護し、看取ってわかったこと

夫婦とは、こうして終わるのか

作家・曽野綾子氏(現在86歳)の夫で、文化庁長官や日本芸術院長などを歴任した作家の三浦朱門氏は、今年2月3日に91歳で逝去した。63年あまり連れ添った糟糠の妻である曽野氏が、三浦氏を亡くなる直前まで自ら在宅介護していたことを、ご存知だろうか。

曽野氏が、夫の介護生活の中で感じた苦労と葛藤、また看取りや葬儀の様子を事細かに綴った『夫の後始末』がこのたび刊行された。夫との死別から8ヵ月が経ったいま、改めて心境を語る。

夫と過ごした最後の9日間

三浦朱門の死は、実に穏やかなものでした。平和な日本社会の恩恵を充分に受けて、最期を迎えることができました。みなさまのお陰で、夫は穏やかな生涯を送らせていただいたと思います。

夫は91歳まで、ほとんど病気をしませんでした。恵まれていましたよね。

ただ、'15年くらいからさまざまな機能障害を発症しました。がんや心臓病を抱えているわけではなかったのですが、何度も転んで、目の周りに青痣を作るようになりました。それでも、人から「どうしたの?」と尋ねられると「女房に殴られたんです」って言うのが嬉しくてたまらなかったようです。

短い入院の間に、私は日々刻々と夫の精神活動が衰えるのを感じた。ほんとうに恐ろしいほどの速さだった。病院側は、実に優しくしてくれたのだが、私は急遽、夫を連れ帰ってしまった。

家に帰ってきた時の喜びようは、信じられないくらいだった。「僕は幸せだ。この住み慣れた家で、廻りに本がたくさんあって、時々庭を眺めて、野菜畑でピーマンや茄子が大きくなるのが見える。ほんとうにありがとう」などと言うので、「世の中何でも安心してちゃだめよ。介護する人の言うことを聞かないと、或る日、捨てられるかもしれないわよ」と、私は決していい介護人ではなかった。

しかし私はその時から、一応覚悟を決めたのである。夫にはできれば死ぬまで自宅で普通の暮らしをしてもらう。そのために私が介護人になる、ということだった〉(『夫の後始末』より)

 

夫は1年半ほど在宅介護を受けた後、亡くなる直前の今年1月末に間質性肺炎を患い、搬送された病院で9日間の入院生活を送りました。胸のレントゲン写真を見ると、肺が真っ白になっていました。この病気は酸素が脳に行かなくなるので、だんだんと意識が混濁していくのです。

でも、そんな中でも、最後まで夫はユーモアを忘れませんでした。

〈(三浦氏が)自宅をなぜか五反田にある、と言い張るので、私は何度目かに、「五反田の家には、何という女の人がいるの?」とふざけて尋ねた。「五反田の彼女」の名前を聞かれると、朱門は黙った。数秒間、けなげな沈黙が続いたあげく、

「あやこさん」

と彼は答えた。後でとっちめられたら大変だ、と彼は酸素不足の頭でもとっさに考えたのであろう〉(『夫の後始末』より)