〔PHOTO〕gettyimages
メディア・マスコミ 格差・貧困 アメリカ

白人至上主義者の暴動事件を、米メディアが報じ続けるその背景

シャーロッツビル事件の本質は何処へ…

きっかけは一体の銅像だった

たいまつを掲げた屈強な男たちが群れをなして夜道を練り歩き、「ユダヤ人には地位を譲らない!」と連呼している。耳を澄ませば、ナチス党のスローガンである「血と土!」という掛け声さえ聞こえてくるが、男たちの衣服は現代のものに違いなく、テレビに映る映像がいったいいつの時代のものか、即座に特定することはできない。

やがて、非難の対象が「ユダヤ人」から、「資本主義者」、「ブルジョワジー」、「大企業」へと広がり、さらに「共産主義者」、「ボリシェヴィキ」、「黒人」へと矛先が向けられる時、男たちが、ナチス党だけでなく、かつてアメリカ合衆国から独立を目論んだ、南部連合の国旗をも振りかざしていることに気づく。

そして、カメラがついにデービッド・デューク――白人至上主義団体、クー・クラックス・クランの元最高幹部にして、昨年の合衆国上院選に出馬したデービッド・デュークと同一人物である――の顔を捉える時、その映像が、間違いなく現在のアメリカを映していることが明らかになる。 

つい先月、バージニア州シャーロッツビル市で起きた、白人至上主義者などによるデモンストレーションと、これに反対する人々の抗議運動、そして両者の衝突の結果、1名が死亡した事件を報じるテレビカメラは、さらに、一連の暴力を涼しい顔で見下ろす、一体の銅像を映し出すだろう。

独立を目論む南部連合軍を率いたロバート・E・リー将軍が、愛馬に跨る姿を描いた高さ8メートルほどの銅像を、市の公園から撤去するか否かが、事件の直接的な引き金となったからだ。

 

奴隷制を擁護して戦った南部連合の司令官の銅像が、今なお公共の場に存在することの是非は、もっぱら人種差別問題の一環として議論を呼んできた。シャーロッツビル市議会は、奴隷制の象徴とも解釈しうる銅像の撤去を決めたが、この採決に、白人至上主義者などが反対した。

やがてデモンストレーションを誘発し、ついには死者を出すに至った一連の事件を、現在、アメリカのメディアは連日のように報じている。

8月12日には、ロバート・E・リー像撤去に抗議する極右集会が開かれた〔PHOTO〕gettyimages

大統領とメディアのいびつな共犯関係

だが、どんなに暴力的なスペクタクルも、1週間もすればニュース価値を失う報道サイクルにおいて、シャーロッツビルの一件が、1ヵ月以上経った今なお報道機関の興味対象であり続けるのは、異例と言える。

実際、直近の報道の多くは、もはやナチズムの最盛期さえ彷彿させる暴力そのものを扱っているわけではない。シャーロッツビルという現実の代わりに、一連の事件に対するトランプ大統領の対応こそが、報道の対象となってしまっているからだ。

事件の直後、側近からの進言にかかわらず、白人至上主義やネオ・ナチズムを明示的に非難することを避けた大統領は、その後も、たいまつを掲げて夜道を練り歩いた男たちを、擁護するかのような発言を繰り返した。

自らの支持層を守るために、人種差別的な行為さえ肯定するのか、という批判が集まる中、大統領は、事件の中心に鎮座するリー将軍の銅像に言及して、世論を挑発した。

「今週はロバート・E・リーが問題になっている。今度は(同じく南部連合を率いた)ストーンウォール・ジャクソンの銅像も撤去されるらしい。このまま行くと、来週はジョージ・ワシントンか? その次はトマス・ジェファーソンの銅像か?」