昭和天皇の大葬の際、惣華輦(輿)を担いだのは皇宮警察の護衛官だった(Photo by gettyimages)

「天皇家の葬儀」は、なぜ仏式から神式になったのかご存知ですか

この国のあり方をも示すもの

伊勢神宮には皇室の祖先神が祭られているし、天皇は毎年元日の早朝、平安時代から伝わる古式装束を着て祭儀(四方拝)を行っている。だからこそ、天皇の葬儀も神式で行われるのは当たり前でしょ!?――そんなイメージを抱いている人も多いのではないだろうか。

ところがじつは、神式で行われた葬儀は明治天皇、大正天皇、昭和天皇のわずか3回に過ぎず、その歴史が「皇紀2677年」に比して「意外と短い」ということをご存じだろうか。飛鳥・奈良の昔から江戸時代の孝明天皇の葬儀(1867年)まではずっと仏式で行われ、天皇家の菩提寺は泉涌寺(京都市東山区)だった。それが一転、明治以降はなぜ神式に変わったのか。

10月18日に発売となる『天皇家のお葬式』の著者・大角修氏が、古代からの天皇の葬儀の変遷をたどりながら、その時代背景や時代の変化について考察する。

天皇が語られた「自身の葬儀」

平成28年(2016)8月8日、天皇が異例のビデオメッセージの形で生前退位を望む旨の「おことば」を述べられた。詳しくは「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」という。下はその冒頭である。

<戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。

私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

(中略)

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。>

 

この「おことば」を受けて、天皇と皇室のありかたがさかんに論じられるようになり、平成29年6月に生前退位を可能にする皇室典範特例法が成立した。

「おことば」で天皇は自身の葬儀についても語られている。

<これまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。>

現在、天皇の陵所は東京都八王子市の武蔵陵墓地(多摩御陵)にあり、大正天皇・皇后、昭和天皇・皇后の大きな四基の円墳が築かれている。それぞれ土葬されたのだが、今の天皇は火葬を希望されているという。宮内庁が平成25年11月に発表した「今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち」という文がある。

<天皇皇后両陛下から、御陵の簡素化という観点も含め、火葬によって行うことが望ましいというお気持ちを、かねてよりいただいていた。

これは、御陵用地の制約の下で、火葬の場合は御陵の規模や形式をより弾力的に検討できるということ、今の社会では、既に火葬が一般化していること、歴史的にも天皇皇后の葬送が土葬、火葬のどちらも行われてきたこと、からのお気持ちである。>