環境について既に数十兆円~数百兆円規模の市場が確立していることのひとつの背景として、ビジネスに影響を与えるルールが早い段階から策定されてきたことが考えられます。
そもそも日本で「環境経営」という言葉が用いられるようになったのは1997年の京都議定書の前後からです。京都議定書を機に企業は事業活動の中に環境の視点を組み込み、環境報告書で自社の取り組みを公表するようになりました。
さらにポスト京都議定書と言われる2015年のパリ協定の交渉過程においては、“We mean business”(「我々はビジネスだ」/「我々は真剣である」の両方の意味を掛け合わせた企業・機関投資家グループ)に象徴されるように、むしろ企業自らが革新的な取り組みを行うことにコミットする形でルールの形成に大きな影響を与え、それが更なる市場の拡大につながっていったと考えられます。
一方、人権については比較的最近までビジネスに影響を与えるルールが策定されてきませんでした。「企業の人権尊重」を初めて明記した「ビジネスと人権に関する指導原則」が策定されたのは2011年のことであり、人権ビジネスの市場はようやく立ち上がろうとしている段階にあります。
ここ数年で各国における人権に関するルールの策定が急速に進んでいることに留意しなければなりません。米国では2012年に紛争鉱物規制ドッド・フランク法やカリフォルニア州サプライチェーン透明法が、英国では2015年に英国現代奴隷法が制定されています。
また、日本でもビジネスと人権に関する指導原則に従った国内行動計画(NAP:National Action Plan)策定が進められるほか、2020年には東京オリンピック・パラリンピック開催を見据えており、人権をはじめ持続可能性に配慮した調達などを世界に先駆けて実現することが求められています。こうした中で、人権ビジネスについても、環境の後を追う形で市場が拡大していくことが予想されます。
企業は美徳や倫理だけでは動けません。しかし経済合理性が認識できた場合、特に損益計算書での営業利益より上に表示される項目に影響があると把握されたとき、その対応力は急速に高まります。ビジネスにおいて人権対応を加速させるためには、数字で経営陣に示すことが何よりもパワフルなメッセージとなるでしょう。
CSR(企業の社会的責任)コストの範囲で漫然と対応するのではなく、自社ビジネスの業績向上のために社会課題解決に向き合う企業が増えたとき、世の中は加速度的に良くなると確信しています。
本レポートの続編においては、人権への取り組みによるビジネスインパクトについて過去の人権侵害による収益低減の事例、および今後の重要な人権論点の経済効果を見ていきます。
(明日公開予定の第二回へ続く)