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「長崎在住の東京のオンナ」から「上京を夢見る長崎のオンナ」へ

A子ちゃんとB美ちゃんの複雑な感情⑤

元日本経済新聞記者にして元AV女優の作家・鈴木涼美さんが、現代社会を生きる女性たちのありとあらゆる対立構造を、「Aサイド」「Bサイド」の前後編で浮き彫りにしていく本連載。今回は、第3試合「東京vs地方」対決のAサイド。今回のヒロインは東京の下町出身のグラビアモデル。東京生活を謳歌していたものの予想外の妊娠を機に人生の歯車が狂い出し……。

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「趣味女優」でいい

東京下町生まれの良いところといえば、東京におかしな幻想や憧れやプライドがなく、だからこそこのゴミのような街の良いところを当たり前に享受し、決して絶望などしないところである。社宅が港区じゃなくてもブツブツ言わないし、世田谷ナンバーを求めないし、中野区をバカにしたりしない。

 

そして何より、品がいい。それは別に礼儀とか言葉遣いとか上っ面の話ではなく、いざとなったらいつでも今の生活は捨てられるという天然の余裕と、何かを成し遂げなくてはという焦りのなさのことで、よくいえばガツガツしていないし、悪くいえば当然欲が薄い。何も考えなくとも、一応東京で生きてはいけるからだ。

彼女はそういう下町生まれの女の見本のようなところを持ち、特に強いこだわりもなく、24歳まで葛飾区の実家で暮らしていた。

小学校から高校まで地元の公立を卒業し、池袋の近くにある女子短期大学に通いながら読者モデルのような仕事を始め、一旦その短大の近くの小さな企業に事務職として就職するが、かつて付き合いのあったプロダクションの関係者からの誘いでグラビアモデルとして活動を始め、時間が合わないという理由で会社は辞めた。

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グラビアの仕事を正直どれくらい本気でやっていたのかは知らないが、副業として週に5日勤めていた麻布の大きなレストランの方がどちらかというと本職のように見えたし、実際彼女もテレビに毎日映るような未来は想像していないようだった。

系列店のフロアマネジャーと付き合っているせいか、レストランの同僚の集まりには必ずと言っていいほど顔を出していたし、友達も多くが飲食関係の仕事をしている子で、その中には勿論彼女と同じように芸能関係の仕事をしながら飲食店に勤める男女も多かった。

「趣味女優、とかそういうレベルでいいんだよ。歌とか歌えないし」

となめくさって生きている彼女は当然魅力的で、21歳の頃に順当に『CanCam』系だったファッションも、少しだけデイシーやスナイデルなど自分の童顔と白肌を意識したものに変えて、別に何かを成し遂げる気もなく、かと言って腐る気もなく気高く生きていた。

好きな歌手は持田香織で、そのライブDVDをなぜかよく持ち歩いていた。週の後半は彼の住む西麻布の小さなマンションに居候して、前半のレストランを休む2日は実家にいたが、タレント業の仕事が入ればその日も彼の家に泊まっていて、実家には1週間以上帰らないこともあった。しばらく家を開けるときは仕事場にスーツケースを持ってきて周囲に「家出少女」と揶揄されていた。