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週刊現代

2020年、東京五輪よりも大きな変革「新しい学力」とはなにか

文科省は意気込んでいるけれど

「新しい学力」とは

2020年の出来事というと反射的に東京五輪・パラリンピックを思い浮かべるが、日本の国家と国民の将来を考えた場合それよりも重要な出来事がある。文部科学省による学習指導要領の大改訂だ。

ここで鍵になるのが「新しい学力」という概念だ。この考えは2008年の学習指導要領改訂で〈「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくむ」「主体的に学習に取り組む態度を養い、個性を生かす」「学習習慣が確立するよう配慮」というように、より具体的に「新しい学力観」を規定するようになる。

この流れは現在に至るまで受け継がれているが、ひと言でまとめれば、従来の「伝統的な学力」育成では得られなかった、「問題解決型学力」が共通の目標とされているといってよい〉とされる。

 

文科省の示す「新しい学力」には2つ狙いがあると明治大学文学部の齋藤孝氏は見る。

〈第一に、現代社会に生きる人々は、必然的に「変化の中に生きる社会的存在」としてあらねばならないということがある。変化の激しい社会では、様々な情報をもとに他者と協働して課題を解決する力が必要となる。

固定化した社会であれば、固定化した知識を継承することで社会の再生産が可能になるし、それによってその社会に生きる人々の生活も安定する。しかし変化が激しい複雑な社会になると、継承すべき知識自体が変化してくる。この変化する状況や知識に対応しなければならない。

(中略)第二に、グローバル化する社会に対応する必要が生じていることがある。そのため、言語や文化に対する理解を深め自国語で表現する力、外国語を理解し表現する力が求められる。そして、身につけた言語能力をツールとして、古典・芸術等の日本文化を理解し伝承するとともに、異文化を理解し、異文化をバックグラウンドに持つ人々と協働していく力が求められる〉

しかし、生徒・学生に基礎的知識が十分についていないにもかかわらず、自発性やプレゼンテーションを重んじる学習に転じても、グローバル化の中で未知の問題に遭遇して、それを解決する能力は育まれない。「新しい学力」への転換で重要なのは、古い教育形態である「型」の習得だ。

〈暗黙知や身体知を共有し、それを明確な形式知にしていくプロセスは、まさに新しい学力が求める実践的な知の在り方である。才能のある人間が直感的にとらえている知を明確に言語化することによって、多くの人が共有できるようにする。

あるいは相撲の本質を理解し実践できる横綱の暗黙知を、「型」として共有できるようにすることも、暗黙知を形式知化するプロセスの一種である。例えば相撲の四股がその型であろう。

型を通じて熟練者の暗黙知・身体知が初心者や子どもにも身につけやすくなる。日本のかつての教育の柱であった「型」の教育は、暗黙知や身体知を人から人へと移動させていく効果的な学習プロセスであったといえる。特別な才能を持たない人でも、才能とセンスのある人間が獲得した暗黙知に近づくことができる、これが上手に設定された型のよさである〉

つまり型を習得すれば、誰でも一定の水準まで自分の能力を引き上げることが出来る。評者はそのことを外務省の研修生として英国陸軍語学学校でロシア語を学んだときに実感した。

8ヵ月で一冊平均300頁の教科書を8冊仕上げることにより、ロシア語の初級文法、基本語彙、例文を徹底的に覚え、変形させ、型を徹底的に覚えさせる。こうした知識は、メインテナンスを怠らなければ、一生維持できる。